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2話
宗司が都市伝説研究会に初めて足を踏み入れた晩、床についていると不意に横たえている布団が固く冷たいものになった。
不審を感じた途端に目を開け、起き上がるとそこは無人の交差点だった。着衣は寝間着だ。見ると自分以外にもアスファルトに寝転がる男女がいて、徐々に目を覚ましていく。
「うん、なにここ…?」
「痛…」
宗司の見知った顔もいくつあったが、相手側がこちらに気づいた様子はない。
全員が目を覚ました頃、一同の中に白い服を着た女性が紛れている事に宗司は気づく。
「お静かに」
微風のような声量だが、そこには逆らい難い圧が籠っていた。一同は自然と白い女性を囲むように並ぶ。
「お休みの処、お呼び立てして申し訳ありません。しかし、一刻の猶予も無いのです」
「一刻の猶予って何ー?」
「もうすぐ、大規模な異界が名古屋に出現いたします。しぃあぷりから幽世の力を得た皆様におかれましては、後悔のないように…」
女性がそこまで言うと、宗司の身に浮遊感が生じた。
宗司は目を覚ます。朝が来たのだ。宗司は夢の内容に思考を巡らせる。
冗談とは思えないが、一人で考えていても結論は出ない。集まった者の中には、クラスメイトや研究会の2人の姿もあった。宗司は彼らと一度話し合う事に決める。、
登校後、教室に入った宗司は3人の生徒と目が合った。
黒江頼子と赤崎斗真、そして貞夫だ。頼子は黒髪をワンレングスにしており、薄い唇はややアヒル口。大きくぱっちりとした瞳の持ち主で両耳にピアスをあけている。
斗真は背が高く、やや面長だが美形の部類に入る。長めの髪を無造作に流し、存在感のある眼差しが意志の強さを感じさせる。
「昨日、夢を見たな」
「夢…」
「あれだろ、交差点の。宗司も見たのかよ?」
「あぁ、少し話がしたい。大友も」
侑太にもメッセージを送り、4人は昼休みに入ると都市伝説研究会の部室を訪問。
斗真と頼子の二人は、校内で悪名高い部屋の内装に閉口した様子だ。
「噂通りの凄い部屋…」
「部屋の感想はいらないだろ。高島と大友も見たな?」
「あぁ、交差点だろ?殺し合いでも始まんのかと思ったぜ」
宗司は異界、神魔についての情報を伝える。
2人の瞳に不審者を見るような色がよぎったが、2人ともCアプリをダウンロードしている。
「お前らの中で、これ使ってみた奴いるか?」
宗司が質問すると、侑太と斗真が肯いた。宗司も試し撃ちこそしていないが、問題なく<シユウ>は使えそうだ。
「で、よー…俺のは<ルー>ってんだけど、お前らは何だった?」
「…突っ込んで聞くのはやめないか?」
「え!?喋っちゃったんだけど!?」
宗司もこれから何が起こるかわかっていない以上、今日の処は注意喚起に留めるつもりだ。
「2人とも、身辺で変わったことや気になった事があれば連絡してほしい。その時には、ここが役に立つ。あと、ルーってのは恐らく、アイルランドの光の神の名前だ。医学や武術、魔術に秀でているらしい」
「へぇ~」
「詳しいな。神話とか好きなのか?」
少し、と宗司は曖昧に答える。
会合はお開きとなり、一同は連絡先を交換。頼子だけは貞夫と侑太に番号を教えるのを渋ったが、斗真と宗司が知っているため問題はない。
夕方、宗司のもとに侑太からメッセージが届く。
星が丘で異界の気配を感じた為、調査に同行しないかと侑太は誘ってきた。
今月の間に4回、自動車が歩道に乗り上げており、つい数十分前に5件目の事故が発生。
――前のやつのときは、運転席に誰もいなかったんだと。
Cアプリで測定してみたが、異界反応ありと出る。
興味を惹かれた宗司は斗真と頼子にも内容を伝えると、星が丘まで愛車のバイクを走らせる。
運転手不在の車が動き出すこと自体はあり得ない話でもあるまいが、一つの区域に短い期間で事故が連続しているのは気になる。
宗司はバイクを駐車場に停め、駅前にいた侑太、貞夫と合流。
「あの2人は?」
「斗真は来るらしいが、頼子は来ない」
斗真を待つ間、宗司は周囲に注意を向ける。
近くで警察の現場検証が行われており、事故車両がまだ片付けられていないこともあって、物々しい雰囲気に包まれている。
異界の雰囲気を感じる…。
「ま、現世で神魔と遭遇するなんざ天文学的な確率でしかあり得ん。今ン処、事故が続いてるだけだしな」
侑太が声を潜めて言う。
まもなく斗真が合流。4人は人のいない方に移動すると、異界へと侵入した。
「お、おお…すげぇ。俺ら以外誰もいねぇ……」
初めての異界侵入なのだろう。
斗真は口をあんぐりと開けて、感嘆の声を漏らしている。
「さて…」
宗司は意識を集中し、自らの最奥に宿ったそれの名を心の中で呼んだ。
数拍遅れて、蛾と人間が混ざったような怪物モスマンの群れ、暴走自動車の神魔クレイジーカーが彼らの前に姿を現す。
――<シユウ>
射精の瞬間にも似た恍惚感と、後戻りできない一線を超えてしまった絶望感が宗司を貫く。
力が奔流となり、渦巻く風となって接近する神魔を打ち、異界に聳える建造物の窓を吹き破る。
モスマンの翼が千切れ、クレイジーカーは木の葉のように巻き上げられ、垂直に地面に落下する。あまりの風速に侑太達は目を閉じ、開いた時、宗司の姿は大きく変貌していた。
重厚な外皮に身を包んだ二本角の異形は、一見すると甲冑に身を包んだ将官のようだ。広い肩や厚い胸板を装甲が覆う。
股関節や両脇など可動部位は外皮が薄く、装甲に覆われていない箇所すらある。がっしりとした両脚で地を蹴り、刀を手元に出現させると、<シユウ>は四つん這いになったクレイジーカーを四つに両断。
振り返ることもせず、地に落ちたモスマンの群れを風刃で何度も切り上げる。何故使えるのか、疑問にすら思わない。Cアプリで使用できる力は確認していたが、これほどスムーズに振るえるとは思っていなかった。
「宗司、だよな…」
「あぁ。俺はこのままで行く。お前らも試してみろ」
宗司が変身を解かぬまま近づいていくと、3人はを気圧されたように身を退いた。
宗司は神魔の反応が濃い地点を目指して、歩き出す。3人も一瞬遅れる形で歩き出し、さらにそれぞれに宿った力を開帳する。
斗真が変身したのは、稲妻状のモールドが彫り込まれた甲冑に身を包む、痩身の異形だ。黄金の髪は輝くようで、造形は宗司の変身態より人間に近い。
貞夫は炎に包まれた巨鳥を呼び出した。
「おぉ、お前は変身しないんだ!?」
「うん。侑太君は?」
「俺は、お前らのとはちょっと違うんだよ…」
侑太が顔を顰める。
歩き続ける一行だったが、次第に空気の温度が下がってくる。
やがて事故が多発している地点に到着。夜道を歩いているような心細さに貞夫は思わず視線を忙しなく動かす。
「来るぞ」
「おう!」
斗真が長い槍を出現させる。
まもなく、踊るようにステップを踏む骸骨の群れが、4人を取り囲むように姿を現した。
ダンスマカーブル。死の恐怖に半狂乱になった人々を導く、やや低級な死神である。侑太は懐から呪符を取り出し、口の中で呪を唱えて投擲。
呪符は弾丸のように宙を翔け、ダンスマカーブルに命中するや雷電を浴びせかけた。
「うぉー!!かっけぇ!!」
「こっち見てないで攻撃しろ!」
棒立ちで侑太の動作を眺めていた斗真は、叱咤されるとダンスマカーブルに接近。
刺突を三発、続けざまに繰り出すも腰が入っておらず、つけた傷は浅かった。死神は不思議なステップを踏むと、斗真もつられて踊り出す。
斗真のダンスはすぐに終わった。貞夫の<フェニックス>が降らせる火球が命中した為、攻撃が中断されたのだ。
宗司はその間にダンスマカーブルの左手に回り込むと、5mほど離れた位置で居合抜きを行った。
当然、刀の切っ先は届いていない――はずだったが、ダンスマカーブルの左上腕が真っ二つになり、胸部が右胸のあたりまで裂ける。
――『疾風』
宗司が体得している、飛ぶ斬撃である。
しかし、ダンスマカーブルは大きく跳躍すると、欠損した左腕と胴体を急速再生。
さらにどこからともなく、ゾンビやグールで構成された幽鬼の大群を呼び寄せた。
「おい、増えたじゃん!」
「大丈夫だ、おい貞夫!」
「うん!」
貞夫が念を飛ばす。
四方から迫る幽鬼の群れが、炎と黒煙を上げて砕け散る。
貞夫は発火能力者なのだ。二度、三度と爆発が連続し、幽鬼の群れはあっという間に壊滅。
雑魚の掃討を貞夫に任せた侑太と宗司は、その間にダンスマカーブルを始末。
「俺、全然出番なかったんだけど…」
「大丈夫でしょ、こき使われるよりマシだし」
「そうかもしれねーけど、おい、どうすんだこの後?」
斗真は変身を解いた。宗司も既に人の姿に戻っている。
「異界の核は潰した。幸い妙な噂は立ってないし、後はこっちで大人の知り合いに連絡しとくから、今日は解散だ」
「はー、終わってみると大したことなかったな~!」
斗真はいかにも安堵した様子だ。まもなく一行は奥まった路地に戻り、異界から現世に帰還した。
後日、5件目の事故で千種区の春見高校に通う生徒が犠牲になったとニュースで報じられた。
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