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4話
放課後、新しい依頼人が来たと侑太から宗司のもとにメッセージが届いた。
部室に向かうと、既に依頼人らしい女子が応接用のソファに座っている。宗司が姿を見せると、侑太は話を始めるよう促す。
「身体の胸のあたりに、鱗が生え始めたんです…」
依頼者が、自身に起こった異変に気づいたのは2日ほど前。
遊びに行った帰りに浴室に向かう際、服を脱ぐと右鎖骨のあたりに鱗のようなものがついている。
触れた感触は明らかに人肌でない。気味が悪いので剥がそうとしてみると、非常に痛み、1枚とると出血した。
ネットで調べてみたがそれらしい症例は無く、親にも相談する勇気が出ない。
「鱗ねぇ…その話なら知ってるが、実物は見たことないな。脱いで見せる気は?」
「……」
「頼子を呼ぶか?」
「お、いいね。頼む…なぁ、女子相手だったら見せてもいいか?」
それならば、と依頼人は恐々と頷く。
斗真が頼子にLINEを送ると、すぐに行くと返信が来た。
十分ほど後、頼子が研究会の部室に姿を見せる。その顔つきは険しい。
「この子?」
「よーし、確認が済むまで外出るぞ~」
侑太の号令の下、宗司達は部室の外に出ていく。廊下で十分ほど待っていると、頼子が入室の許可を出した。
「どうだった?」
「マジで魚の鱗って感じ。青っぽくて、光沢もある」
「うげぇ…キッツ」
依頼人は目に涙を溜めている。
「じゃ、調べてみっから、とりあえずここ2,3日の間の事を覚えている限り話してくれ」
依頼人からの聞き取りを済ませると、宗司達は原因の調査に出発。
依頼人が移動した箇所を歩いて回る。異界の中を歩くより先に現世での異変を調べ、目星を付けるのだ。
アプリに地図を登録しておけば範囲を絞り込めるため、探索は容易だ。魚の鱗、から一行は水場を連想していたのだが、川や池の近くは通っていない。
宗司は歩き回っている最中、鱗の生える話について侑太に聞いてみた。
千種区内の高校に被害者がいるらしく、春見高校では結構な噂になり、被害者迫害の病院に入ったらしいと侑太は語る。。
「水場なら、下水道もあるだろ」
「ちょっとマジで言ってる?」
「気にはなるけどな、入りたくねーなー。先にさー、被害者に話聞けない?」
斗真と侑太が揃って嫌な顔をする。
調査中、依頼人が通っている音楽学校の側で現場検証を行っている警察官達を発見。
侑太が話を聞きに行くと、教室近くの民家の飼い犬の死体が発見されたそうだ。傷の状態などについては教えてくれなかったが、付近をうろつかないように釘を刺される。
「なーなー、こんな刑事みたいなのじゃなくてさー、占いでパパっと見つけられんの?」
「俺にできんのは除霊とか、神霊治療だ。今の飼い犬ン所がちょっとクサいってのはわかったけど、それくらいだよ今は」
「じゃあ、このあたりを念入りに調べてみればいいんじゃ?」
「うーん、多分。まだ大事になってないらしいし、さっさと片付けてーなー」
不意に、頼子が声を荒げた。
こんなところで時間を潰してないで、他に方法がないならさっさと異界を調べに行くべき。
頼子は何を苛ついているのだろう。宗司が尋ねてみるが、はぐらかされてしまった。
「俺としては聞き込みしたいんだけど…ま、いいや。そこまでやる気なら適当な所から潜るか。黒江は初めてか?」
「そうだけど」
侑太が異界侵入のコツを伝える。
人気のない一角で頼子が向こうが渡ったのを確認すると、宗司達も異界へと侵入した。
無人の街。侑太はふぅっと溜息を吐くと、下水道の中に降りていこうとする――ふと気づいた。中は汚水が流れていて、空気の通りも悪いことは想像に難くない。
「なぁ、一旦帰ってさ、長靴とか取りに行かないか?」
「賛成。つか、スゲー憂鬱」
研究会一行は引き返し、適当な作業着を身に付けてから再度集合。
ついに異界・名古屋の下水道を探索するべく、マンホールを素手で開けると梯子を下りて行った。
「マジ、っくっせぇ…」
「でも水がそんなに流れてないね」
「平気か?頼子」
「大丈夫。辛くなったら言うから、気遣ってくれてありがとう」
異界だからだろう、下水道の中は4人が両手を広げて横に並べるほど広い。
加えて汚水が流れておらず、歩くたびに水音が立つ程度の水量しかない。
中ではビーバーに似た幻獣アーヴァンク、東欧の水妖ヴォジャノーイ、粘液質のスライムなどを見かけた。
美しい娘の姿をした水妖ルサルカを襲撃してきたが、彼女らは何を思って下水道なんぞに出てきたのか。
今回は探索もせず、一行は真っ直ぐ異界の中心部に向かう。
そこは洞窟のような大広間となっており、そこではカエルを思わせる面貌の半魚人ディープワンの群れがいた。
100はいると思われる大群は巨大な半魚人の像を取り囲み、祭儀のようなものを行っていたが、侵入者に気づくとそれを中断。
一斉に襲い掛かってきた。
――<ブリギッド>
頼子が緋色の衣に身を包んだ女性を召喚。
「黒江、お前攻撃できるか?」
「火が使えるけど」
「貞夫と被ってんな、まぁいい。2人で藤堂達の打ち漏らしを片付けてくれ」
それから始まったのは、たった5人による一方的な殺戮だった。
彼らの多くは常人を超えた筋力と頑強さを持ち、槍や爪を武器としていたが宗司達を抑え込めるものではなかった。
戦闘の場で役立つ呪文を習得している者もいたが、詠唱を終える前に残らず宗司の刀の錆となった。
彼の剣技は、気功を含む。<シユウ>に変身せずとも、体得している歩法を以てすれば、弾丸の如き速度を一瞬出せる。
半魚人は残らず刀と槍、炎の前に息絶えた。
群れなす者どもが消えると、全身の細胞が訴える警戒が薄まる。
「なぁ、異界の主がやられたらさ、異界ってどうなんの?」
「そのうち崩れるよ、残りは後!」
全員、追い立てられるように広間を後にする。
もはやこの場に用は無いし、下水道に長居したい者は5人の中にはいない。
無事に現世に帰還すると解散となった。予想していたほど汚れはしなかったが、異界とはいえ下水道。
匂いがこびりついている。後日、鱗化していた箇所が戻ったと依頼人の女生徒が、侑太に感謝を述べた。
「それなら、潜った甲斐はあったね」
「でも大変だったぜ、着てったモンは全部捨てたし、おばあに臭いって言われるし」
グラウンドの一角で、斗真が貞夫にぼやく。
さほど強くなかった為、匂いはすぐに取れたが帰った直後は全員大変だった。
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