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6話
4月の名古屋。
春見高校での異変収束後、研究会の周囲で怪奇事件は起きなかった。
しかし、表の方に目を向けると、センセーショナルなニュースが一つ。名古屋市内で警備員をやっている男が老人ホームに侵入、入居者11人を死傷させたのだ。
宗司達の周囲も若干ざわついたが、1週間もすれば噂する生徒はいなくなる。
事件の報道が切っ掛けとなったのか、新しい事件が研究会のもとに飛び込んでくる。蛇毒による高校生の死者が次々と報告されているのだ。
矢場町に事務所を構える、神魔絡みの依頼人と人外ハンターの間に入る仲介屋で依頼を受けた宗司達は、早速調査を開始。
まずは侑太が被害者の分布を洗い出す。
「くっそ…」
「どうかしたの?」
部室でスマホの画面を睨んでいた侑太は、貞夫に画面を見せる。
Cアプリの霊波測定マップが表示されているが、名古屋全域の霊波が最大になっている。
「これじゃ使えねぇよ」
「アプリがバグってるんじゃないか?」
「バグってなかったら厄介だが、どっちみち俺らにゃどうしようもないな。足で探すしかなさそうだ」
頼子、斗真を除く3人は街に繰り出す。
途中、昭和区に入ったところでエンジンを噴かす音が後方から聞こえてきた。
振り返ると、ライダーが独り宗司達に顔を向けている。ヘルメットを外すと、宗司にとっては懐かしい顔が現われた。
男らしい線の角張った顎、彫刻刀で削ったような鋭い鼻梁。そして見る者を威圧する鋭い眼。
「武志か」
「こんなトコで会うなんてなぁ、取り巻きなんか連れてどうした?」
「…知り合い?」
近藤武志。宗司の旧友である。
気圧されている貞夫に簡単に旧友を紹介すると、宗司も異界云々は伏せて探索の経緯を明かす。
「蛇…そっちは知らねーけど、さっき妙なもんがあったぜ」
「妙?」
「おう。石像がバラバラになって転がってんだ」
武志は後方を指差し、場所を伝えた。
宗司達が急ぐと、街頭清掃が行われていたが、立ち働く老人達の傍らにはまだ無数の石片が散らばっている。
「おい、近いぜ」
「あぁ、わかる」
「何が近いんだよ?」
武志はバイクを路肩に停め、3人に同行している。
武志の扱いをどうするか、侑太は宗司に目配せをした。宗司としては、連れて行ってもいい。
なにせ強いのだ。足手まといにはなるまい。研究会一行は武志をついてくるままにして、異界の気配の濃くなる方に近づいていく。
やがて区内の住宅地に入り、3人は異界への侵入を行った。
「ほぉ~、えらい静かだな」
異界に侵入した宗司達の背後から、武志の声がした。
振り返ると、武志の大柄な体躯が目に入る。彼は気の抜けた表情で周囲を見回していたが、不意にその顔に獰猛な色が宿った。
まもなく羽音が鼓膜を揺らし、4人のもとに怪鳥ハーピー、イツマデの群れが姿を見せる。
「いいねぇ~、こういうのは初めてだよ」
誰よりも早く、武志がアクションを起こした。
武志はその身を沈めると一気に空高く跳躍。上空にいたハーピーの頭部を拳で打ち抜いた。
制御を失ったハーピーの身体を蹴り、続けざまに手近な敵に襲い掛かる。やや遅れて宗司、貞夫も戦闘に加わった。
「おい、どうやってここに来た」
「あ?どうやってって、目の前で消えたからどこに行ったんだと思ったら、そっちがまた出てきたんだよ」
勝利後、武志に説明を求めた侑太は溜息を吐いた。
心霊業界や神魔の存在について説明してみたが、どうも初めて聞くらしい。
この場で覚醒したのか?だとしたらとんでもない素質の持ち主だ。
「おい、お前の友達何モンだよ。なんでこんなのが埋もれてたんだ」
「武志は昔からこんなだ。闘争への嗅覚がずば抜けているっていうかな」
「ふーん、頼もしい味方で結構。これから大物を借りに行くが――」
「案内してくれ!最近は喧嘩売ってくる奴も少なくなくて、溜まってたんだ」
4人は周囲の探索を進めると、不吉な気配を漂わす平屋へと行きついた。
近付くにつれ、大蛇が目につくようになる。侑太には、平屋の中にいるものについて、おおよその見当がついていた。
「侑太、火ィ付けろ」
「え!」
「え、じゃねーよ。こっちから侵入しなきゃならんほど"遠い"なら、現世に大した影響はない。やれ」
貞夫は渋々といった様子で発火能力を放った。
バックドラフトの如く窓が吹き飛び、轟音と共に炎が天高く聳え立つ。
「貴様らぁ!!」
炎上する平屋から、一体の神魔が飛び出してきた。
無数の蛇を頭髪の如く生やし、黄金の翼を生やした青銅色の肌の女。
外見情報から判断するならば、メドゥーサだ。侑太は自らの用意の悪さを呪った。
(宗司!)
宗司は既に刀を取り出しており、メドゥーサが飛び出して来るや斬撃波を浴びせた。
武志はほとんど同時に鬼女に襲い掛かる。石化を警戒した侑太は貞夫を連れ、メドゥーサの視界外に逃れた。
メドゥーサは驟雨の如く打撃を浴びせてくる武志と視線を交わすが、なぜか石化しない。
困惑からすぐに立ち直り、鋭い爪で斬りかかり、頭髪の蛇を繰り出す。
武志は身を引き、蛇と爪を回避。
それと同時に宗司が迫り、刀で斬る。青銅の皮膚が裂け、血が飛沫く。
傷を負うメドゥーサだったが、彼女を狼狽えさせているのは別の事――なぜ石化しない?
この2人はなぜ石化しないのか?おそらく、魔道具によって防御しているのだろうとメドゥーサは判断する。
しかし、そうなると厄介である。
メドゥーサは怪物であって戦士ではない。一撃で意識を持っていかれそうな打撃を無造作に放つ男、魔性の眼をもってしても捉えきれない俊敏な剣士。
彼女が潮目を見つけるより早く、メドゥーサの背中が爆ぜる。
(逃げていった奴らか?)
平屋の前からは見えない塀の内側。貞夫と侑太は蹲り、周囲の霊力の流れに意識を集中させている。
「どうだ?」
「うん、藤堂君たちは生きてる。あのメドゥーサ?も死んでない」
「直に見に行くの怖ぇなぁ…早く始末してくれねーかな」
2人はメドゥーサの気配が消えると、のっそりと塀から出ると宗司たちの元に駆け付ける。
冷ややかな視線を受け流し、2人の状態を窺うが負傷らしい負傷はない。
「悪かったな…石化が怖くてよ。お前らよく無事だったな?」
「石化ぁ?」
「特に異常はない。中は……」
「他に生き物はいない…と思うよ」
「いても死んでるよ、帰ろうぜ」
侑太が吐き捨てるように言う。
4人が現世から脱出すると、戦いの一部始終を見ていた1匹の子蜘蛛が何処かに姿を消した。
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