最後の幹部

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最後の幹部

 とある場所に居る者達は皆、表に顔を出せない背景があった。  例えば、自分の調合した薬品を良からぬことに使ったマフィアに対する報復として薬草畑(・・・)に強力な栄養剤を撒き散らして全ての植物を変異させて周辺土壌を汚染した元薬剤師。  例えば武闘派として名高い裏社会の組織でステゴロ(殴り合い)大会を最後まで戦い、一度も負けず、物足りないとばかりに組織を素手で壊滅させた元チャンピオン。  例えばお前の絵はつまらんと自分の絵を破り捨てた美術館館長に腹を立てて彼の自宅と美術館に非殺傷だが悪臭凄まじいガスを流し込んで向こう10年間、周辺を立ち入り禁止にした元芸術家。  例えば危険性最悪。あちこちの組織を渡り歩き、去り際にその組織を吹っ飛ばすというその性質から表でも裏でも特級危険人物とされて追われている爆弾魔。  人間牧場を代々経営し、裏取引で利益を上げ、その金で人を雇い、あちこちで攫っては牧場に放り込む事を繰り返し、最終的には街一つを牧場経営の為に乗っ取って『酪農手伝い』と『追い人』と『商人』だけの街に仕立て上げた吐き気のする邪悪、通称:酪農家。  そこに居る者が一度顔を出したら、その情報は瞬く間に広がり、それを殺すために嬉々として、あるいは鬼々として足を運んで来る連中が行列を作れるくらい現われるだろう。  勿論、行列は作れるほど現れるが連中は列を作るほど、お行儀は良くない。  しかし、そこにいる者達がその悲劇を引き起こす引き金になることは無い。何故なら、とある場所から出る事が無いからだ。  そこで彼・彼女らは穏やかに勤労に励み、勤労に対する正規の対価を手にして恵まれた環境を手に品行方正に秩序的に生きていた。  笑っていた。  それは許されることではない  罰を受けるべきだ  何故そんな場所でのうのうと生きているのか?  絶対許せない!  それだけを聞けば義憤に燃える者が後を絶たなかろう。だが、安心してほしい。  そこにいる者達は穏やかに勤労に励んでいるが心中穏やかである事は無い。  そこにいる者達は勤労に対する正規の対価を手にして恵まれた環境を手にしているが、その手は有り余る豊かさに震えている。  そこにいる者達は品行方正に秩序的に生きているが、その秩序が彼らを守り慈しむ事は決してない、彼らは品行方正な秩序に縛られ死に体で、生かさず殺さずで生きている。  笑っているが、それは自らの愚行と黄金と連鎖とが呪うその監獄にて涙を流せないから笑うしかないから己を嗤っている。  その監獄の天辺で嗤う最も道化師な者は最奥で立ち上がり、招かれた者を歓迎する準備を始める。  「さぁ、(みな)、迎え入れようではないか。」  朗々と、天地壁に反射し響き渡る声で劇的に言った。
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