既に扉の中に

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既に扉の中に

 拘束を解こうと足掻く。  椅子ごと引き摺られて行く。背もたれを男が引いているから自分が何処に連れて行かれているのか解らない。  逃げるために足掻く。  椅子が動きを止め、鍵が開くような重い音がして、続くように金属同士が擦れぶつかるような音がカチカチと鳴り、男が力を入れて何かを動かす。  ギギと不快な音が鳴り、扉が開く。  見えはしないが、それは間違いなく牢獄のそれではない。  男は禁錮刑と言った。バカが!そんな生易しいことをする訳がない。  というか、禁錮刑なら警備官に突き出すべきだ。刑の執行場の場所は断じて入口とは逆方向にはないし、椅子ごと引き摺って行けるような場所でもない!  手足を何とか動かそうと暴れるが微動だにしない、徹底的に縛られている、しかもそもそもこの状況から逃げられる訳がない。  俺の行く先は何処にあるんだ?  背中に直接鉄芯を刺されたような最悪な気分になる。  「やだ、いやだ……いやだ!止めてくれ、助けて!死にたくない!まだ俺はやりたいことがある!何とか、頼む!見逃して……」  ここに来て初めての言葉。それは相手への命乞いだった。  「死にやしないっす。中に何人も放り込んでますけど、少なくとも戻って来れた(・・・)連中は少なくとも全員生きてるんで。  安心してほしいっす。」  安心できる情報が一切入ってこない。  この男の言う事を整理するとつまりは何人も禁錮刑された挙句に戻ってきた奴らがいるが戻ってきていない奴も居て、少なくとも生きているが、しかし全くの無事とは言えない状態なこともある訳だ。  「一つ言えるのは、少なくとも殺しはしないし殺させもしないっすよ。それだけは安心して欲しいっすよ。」  安心できる……のか?  椅子が引き摺られていき、視界が四角く黒い枠になって切り取られていく。  それと同時に椅子を引き摺る音が変わって硬い音になっていく。  「こっから先はある意味モラン商会の暗部っちゃ暗部っすからね。それに相応しい強度と警戒態勢になってるっすよ。  何より、この先の連中は外に出す気は無いっすからね。」  背中を向けて進んでいく。この空間は矢鱈と広い。そうして引き摺られていく内にもう一つの足音が響いてきた。  「お疲れ様で御座いますレン様。本日は……あぁ、彼も仕事場に連れて行けば良いのですね?」  「あ、お疲れっす。そしてそうそうそうっす。コイツもキンコケイっす。元商人なんで、即戦力になってくれると思うっすよ。」  知らない声が聞こえてきた。その声は矢鱈と落ち着きがあり、どこかのご貴族様の執事の様な風格が声にあった。  「おや、それは………主様含め、皆様さぞ喜ぶでしょう。それではここから私めが彼を案内すると致しましょう。」
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