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安らかな微睡みを、悪夢からの目覚めを
青い空、心地好い陽だまりの中、草の匂いがする風を切って走る。
土の冷たさを感じながら地面を蹴ると、見える光景が変わって、風が強く吹く。
笑い声が聞こえる。明るくて見るもの触れるもの……感じる全てが楽しそうな、屈託の無い声。
何処までも何処までも走って、その先に見えたのは
「ギャヒャフォォォォウ!」
厭な笑い声と足の痛み、そして、涙で曇った鉄格子とその向こうの下衆な男の声だった。
「お前ら奴隷が逃げたら、売った俺が、ああだこうだと文句を言われるんだ。
俺は、お前を売って、それでおしまいで、責任は無いのに、奴隷が逃げて、間抜けが逃がして、何故か知らないが俺が損をすさせられる。
理不尽だ、とても!」
理不尽に怒る男の台詞、に聞こえなくもないが、人を狩って奴隷にして売り飛ばしている男の台詞。
理不尽である、とても。
「だから、こうやって足の腱を切ってやれば、逃げられない。
最高だな!」
足に力が入らない。
あの光景が遠ざかっていく。
鉄の空、物に向けるような視線に曝される中、汚物と腐臭の漂う檻の中を這いつくばる。
鉄の冷たさと変わらない暗くて冷たい光景に目を背けようと閉ざしても、空腹とどうしようもない吐き気と足の痛みがより強く感じられるだけだった。
泣き声が聞こえる。
もう全てが自分を見放して、全てが自分を忘れて、もう生きながら死んでいく事実を突き付けられた絶望に沈む声。
そしてその声は、完全に沈んだ時に、諦めと共に止む。
ただひたすらに終わりまで死んでいる中で、光の無い闇の中で
「走りたければ座っておとなしく言うことを聞け。
でなければ話にならない。
大人しく言うことを聞けば、いくらでも走らせてやる。」
久しく感じなかった穏やかな微睡みの中で、それは聞こえた。
悲鳴しか覚えていない。
体が焼け落ちた。
体が腐り落ちた。
体が虫の餌になった。
体に変な機械を入れられて、溶けた。
苦しくて逃げたくて壊れて終わりになりたくて自分を壊したけれど、中々成れなかった。
冷たい首輪が私を解放してくれなかった。
屍臭がした時に、やっと自分が望むものが手に入ると安堵していた。
「気に入らないな。」
右目はもう完全に見えなくなっていた。
左目は輪郭しか見えていなかった。
久しく幻聴とこびりついた悲鳴しか聞いていなかった
爛れて疱瘡にまみれて、手は元の形を忘れた、感覚どころかそこにあるものが自分のものだと忘れていた。
意識が無くなって、体が沈んで溺れた気がして、眠って、眠って、眠って、眠って眠って眠って眠って眠って眠って眠って…………………………。
「!」
起きた時にはそれまでの事が悪夢になっていた。
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