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「で、お前の名前は?」
「灰ヶ原」
「下は?」
「黒時」
「そっか。なあ、黒時は今、何が起きてるのか知ってるのか?」
初めからの、名呼びである。
黒時にとっては初対面ではないが、栄作にとっては初対面と同様であるはずなのに、いきなりの名呼びである。
初めて交流を持つ相手には大抵、姓の方で呼びかけるようにも思うが、これが見栄坊栄作という人間の本質の一端なのだろうか。
フレンドリーですぐに相手の心に入っていく、いや、もしかしたら単に何も考えていないだけなのかもしれない。
結果として彼は、クラスで浮いているのだから。つまり、適当に相手の心を土足で踏み荒らしているようなものだろう。
だがまあ、当然黒時はいきなり名で呼ばれたところで何も気にしないし、どうでもいいことのように感じているわけだが。
「知らないな」
「そっか。うーん、一体何が起きてるんだろうなぁ」
栄作は、顎を右手の親指と人差し指で擦りながら、考えているような素振りを見せる。
その仕種は本当に、ような、であるとしか感じられないほどにわざとらしい。
数秒後、手をおろして疲れきったような顔を見せた。何に疲れたんだ、と突っ込んでやるほど黒時はお人好しではない。
「考えても分からないものは分からないな、うん。よし、適当にその辺ぶらついてみるか!」
そう言って、栄作は歩を進めようと足を動かす。
「待ってくれ、見栄坊」
「栄作って、呼んでくれていいぜ」
「……見栄坊」
「何気に頑固だな、お前。まあ、いいけど。で、なんだよ?」
「どこに行くつもりなんだ?」
「いや、だから、適当にその辺をぶらつくだけだって」
「…………」
何かが、頭の中で引っかかった。
違和感にも似た引っ掛かりが、見栄坊栄作という個人に対してのものなのか、それともこの世界に対してのものなのか、黒時には分からなかった。
分かっていたからといって、何かが変わっていたわけでもないのだろうが。
でも、もしかしたら変えられていたのかもしれない。
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