チャプター1 強欲の腕

11/31
前へ
/135ページ
次へ
「で、お前の名前は?」 「灰ヶ原」 「下は?」 「黒時」 「そっか。なあ、黒時は今、何が起きてるのか知ってるのか?」    初めからの、名呼びである。  黒時にとっては初対面ではないが、栄作にとっては初対面と同様であるはずなのに、いきなりの名呼びである。  初めて交流を持つ相手には大抵、姓の方で呼びかけるようにも思うが、これが見栄坊栄作という人間の本質の一端なのだろうか。    フレンドリーですぐに相手の心に入っていく、いや、もしかしたら単に何も考えていないだけなのかもしれない。  結果として彼は、クラスで浮いているのだから。つまり、適当に相手の心を土足で踏み荒らしているようなものだろう。    だがまあ、当然黒時はいきなり名で呼ばれたところで何も気にしないし、どうでもいいことのように感じているわけだが。 「知らないな」 「そっか。うーん、一体何が起きてるんだろうなぁ」  栄作は、顎を右手の親指と人差し指で擦りながら、考えているような素振りを見せる。  その仕種は本当に、ような、であるとしか感じられないほどにわざとらしい。  数秒後、手をおろして疲れきったような顔を見せた。何に疲れたんだ、と突っ込んでやるほど黒時はお人好しではない。 「考えても分からないものは分からないな、うん。よし、適当にその辺ぶらついてみるか!」  そう言って、栄作は歩を進めようと足を動かす。 「待ってくれ、見栄坊」 「栄作って、呼んでくれていいぜ」 「……見栄坊」 「何気に頑固だな、お前。まあ、いいけど。で、なんだよ?」 「どこに行くつもりなんだ?」 「いや、だから、適当にその辺をぶらつくだけだって」 「…………」  何かが、頭の中で引っかかった。    違和感にも似た引っ掛かりが、見栄坊栄作という個人に対してのものなのか、それともこの世界に対してのものなのか、黒時には分からなかった。  分かっていたからといって、何かが変わっていたわけでもないのだろうが。  でも、もしかしたら変えられていたのかもしれない。
/135ページ

最初のコメントを投稿しよう!

33人が本棚に入れています
本棚に追加