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変わり映えのない通学路。
そんな景色、ため息をつきたくなってしまうかもしれないが、その景色こそが正しいものである。急に見慣れた通学路が変貌されても戸惑い当惑してしまう。
だが、恐らく灰ヶ原黒時という人間は、当惑しないだろう。
仮に、目の前を恐竜が横切ったとしても、まるで車が通った時と同じように何の反応も示さないだろう。何故なら、彼の興味は他者にこそあるからだ。他者の人間の本質が見えるその瞬間を見逃さない為にも、世界などに目を向けてはいられない。
都心にあるスクランブル交差点。
そのど真ん中で、黒時はいつものように足を止め、周囲を見回す。
四方に立つビルの壁がまるでこの空間を覆っているような感覚がする。この小さな空間の中に数え切れないほどの人間が蠢き世界は回っているのだと思うと、全てが小さく見えてきて、俯瞰しているような気さえしてくる。
赤色の髪を逆立てた不満気な顔の男。金色の髪をこれでもか、といったほどに盛ったギャル系の女。
彼らを見て黒時は思った。彼らはまだ人間としては確立されていない。己の本質をひた隠し、壊れかけの仮面を大層大事に被った人形のようだ――と。
周囲の人形の流れに乗って、黒時も歩き出した。全ての人形の仮面を壊したい衝動に駆られながら、それを必死に抑え、ゆっくりと小さな世界を歩き出した。
彼の通う七罪高等学校に着くと、校門に立つ一人の女が目に留まった。進路指導の教師である。眼光鋭く、亜麻色の長い髪をした若い容姿の優れた女だ。
彼女は門をくぐろうとする生徒を一人一人品定めするかのように凝視し、時折声をかけ呼びとめこちらに来るように手招きをしている。女子生徒のスカートの丈の長さや、男子生徒の不恰好な着くずしを懇切丁寧に正していく。
門の前でそんな光景を見ていた黒時には、とてもつまらない光景なのだが、その中に黒時の好む情景があった。
女性教師のやり過ぎなほどのスキンシップ。
黒時はつい笑いそうになる。
他の男子生徒は美人教師に身体を触られることに年相応の感情を抱いてついにやついてしまっているが、黒時の笑みはそんな下卑た理由ではない。
彼女の人間の本質。
それが垣間見えているから笑いそうになっているのである。
朝一の楽しみを終えた黒時は門をくぐり校舎へと入った。門をくぐる際呼び止められた気もしたが、そこは思い切り良く無視をした。関わってしまっては見えていたものが見えなくなってしまう。そんなことあってはならないのだ。
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