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黒時は下駄箱で靴を履き替え、階段を上って二階へと向かった。
黒時が所属する二年三組は、階段を挟んで左右に分かれる廊下の右側、それの一番奥から二番目の教室にある。
若干頬を上げながら黒時は階段を上りきり、左右に分かれる道を右へと進んだ。少し進むと、廊下に立っている一人の女子生徒が目に留まった。
その女子生徒は【一】という学年章をつけているところを見ると一年生らしく、どうやら二年生の男子生徒に会うために二階の廊下に来ているようだ。
黒時は立ち止まり、二人を注意深く観察する。
女子生徒はあざとい仕種や言動をたびたび見せ、それに対して男子生徒は鼻を伸ばし、照れ笑いをする。数分観察してみたけれど、それ以外の観察結果はなかった。
黒時は嘆息した。これならばまだ蟻の観察でもしていた方が有意義だった、と心底そう思った。
先程まで上がっていた頬も落ち、落胆しながら二人の横を通り過ぎて行く黒時。何か理由があったわけでもなく、ただちらっと横目で二人を一瞥した。その結果が蟻を上回り、落ちた黒時の頬を再び持ち上げさせる事になった。
女子生徒が男子生徒の腕を握るその手。それが、逃がしはしない、というかのように強く握られていて、男子生徒の腕から血が滴っていたのである。
晴れ晴れとした気持ちで黒時が教室の扉を開けると、中では一人の男子生徒が騒いでいた。
机の上に乗り歌ってみたり、突然一人で漫談のようなものを始めてみたり、とにかくうるさい。この男子生徒は常に明るく、クラスのムードメーカー的存在である――というわけでもなく、真実はクラス中から面倒がられるただの目立ちたがり屋だった。
黒時は彼に目を向けることもなく、窓際の一番後ろにある自分の席へと歩いていく。あんな奴と関われば人生終わりだ、と黒時は思っていながら歩いたのだが、それは黒時の思いと言うよりも二年三組の思いでもあったのかもしれない。
始業のベルが鳴り、担任が教室へと入ってくる。長身痩躯なその男性は、薄汚れたスーツに身を包んでいて清潔感とは程遠い雰囲気をかもしだしている。
黒縁の眼鏡を着用し、ぼさぼさの黒髪。弱弱しい印象で、軽く殴っただけでも骨折してしまいそうな、生徒にも馬鹿にされる教師である。
黒時は自分の席から彼の姿をじっと見据える。それに気付いたのか、男性教師も黒時の方に目を向ける。
数秒の間、互いの視線が交錯したが、男性教師が目を逸らすことでそれは終わった。
彼の目の底。そこに黒く濁った炎が見えた。黒時は、またつい綻んでしまっていた。
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