チャプター1 強欲の腕

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 昼休み。    黒時は教室を出て屋上へと向かった。彼の昼食はいつも屋上で行われる。別段、一人では教室に居ずらいだとか、そんな世俗じみた理由からではない。  単に、屋上からは多くの人間が見渡せるからだ。  校庭に散らばった人間たち。それを見ながら、彼らの先にある人間の本質を想像しながら昼食をとる。これが黒時の日課だった。    いつものように校庭を眺めながらパンをほうばっていると、一人の男子生徒が屋上へとやって来た。  この屋上は普段から閉鎖されているわけでもないので、多数の生徒が利用している。    屋上にやって来た男子生徒は、見るからに体重百キロは軽く越えているだろう、というほどに肥えていて、頬の肉の厚みで目が潰れている。  両手には大量のパンやおにぎり、お菓子が入った袋がぶら下げられていた。    他人の食事には興味などない黒時であるが、この男子生徒にはどこか惹かれるところがあって、グラウンドを眺めるその目を彼に向けることにした。    パンを食べ、おにぎりを食べ、お菓子を食べ、常人ではありえないほどの速さで次々と食品が腹の中に放り込まれていく。  けれどそれ以外に変わったところはなく、ただの大食漢という感じだ。    パンを食べ、おにぎりを食べ、お菓子を食べ。    数分後、袋一杯に詰められた食品が空になり男子生徒は苛立ちながら立ち上がった。  何をするわけでもなく、そのまま校内へ続く扉を開けて中に入っていく。    ふう、と黒時は一つため息をついた。  確かにあの喰いっぷりはすごいものだったが、黒時からすれば面白いものではなかったのだろう。    そしてまた数分後。    勢いよく扉が開かれ、一人の男子生徒が屋上へとやって来た。先程の彼である。  その手にはまたも食品が大量に詰められた袋がぶら下げられており、その先はまるでデジャヴのように同じ光景が繰り広げられた。    無限に続くような食事風景の中、黒時は手に持っていたパンを大きく頬張りながら小さく笑った。    午後の授業も終わり放課後。  部活の準備をする者やこの後の予定を話し合う者たちで賑わう教室の中、黒時は一人鞄に教科書を詰め、帰り支度をしていた。    今日はなんだか楽しかった。  黒時はそう感じながら階段を降りていく。確かに珍しい事でもあった。黒時がここまで上機嫌なこと自体珍しいのだが、それに起因している出来事自体が珍しいためにそう思われるのだろう。    黒時を喜ばし楽します出来事と言えば人間の本質を見ることであるわけだが、それは日常でそう起きるものではない。  人間は皆、己の本質を隠し、壊れかけの仮面を被った人形として生きる事に必死になっているのだ。    一月に一度。  それぐらいの頻度で人間の本質が見れれば上々であったのに、今日一日で数ヶ月の価値を得ている。こんな奇跡のような一日を体感して黒時は上機嫌にならずにはいられなかった。    帰路に着き、なんとなく空を見上げてみる。  青い――とは言えない。    排気ガス等の影響で青と言うよりも、濁った水色のように見える。そんな空では誰の心も晴れはしないだろう。  けれど、黒時は違う。彼の心は今にも踊りだしてしまいそうなほどに晴れ晴れとしているのだ。    ああ、なんて面白い世界なのだろう。  黒時は天を仰ぎ見るようにしながら、そう思った。    箱庭のようなこの世界、あの天から見ればさぞかしもっと楽しめることだろう。    そんなことも思った。    そして――。    突如、濁った水色の空が漆黒に染まった。 
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