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その声は、頭に響く声であり、現実で耳に届いたものだった。
黒時は落とした首を上げて、ゆっくりと前方を見やる。そこには行き交う人影たちの中にまぎれて立っている、一つの光り輝く人影があった。
また人影か。黒時はそう思った。
正直なところ、彼は既に面倒臭くなっている。
さっさと家に帰って、眠ってしまおうとさえ思っている。哲学者ニーチェが言っていた。苛立ったりしている時は眠ってしまえば楽になる、それを実行しようとしているのだ。
しかし、前方に見える人影はじっとこちらを見据えている気がして、無視するわけにはいかない気がした。
『世界はこれより【真の世界】の姿を描く。それを変えることが出来るのは、私が選んだ者のみだ』
言葉の意味が理解できず、黒時は判然としないまま、疑問を呈するのも面倒なので次の言葉を待った。
『望むのなら、私はお前に新たな世界を託そう』
新たな世界、それは変貌したこの世界のことだろうか。
いくら考えても答えは出なかった。しかし、黒時には分かっている事があった。
これはつまり、この世界を変える力を得るかどうかの問答であるということだ。
――であるならば。
この地獄のような世界を変えることができると言うのならば、黒時の中では既に答えが出ていてしかるべきだった。
「俺は、望む。新たな世界を!」
黒時は言った。彼には珍しく、叫ぶようにして言った。
突然、音が聞こえた。
返答とは違う。何か別の音が聞こえた。何の音かは分からないが、黒時には不快なノイズに感じた。
『一つだけ助言をしておこう。この世界には、七人の人間がいる。それら全ての力を手に入れることで、新たな世界への扉は開かれるだろう。新たな世界がどのような世界になるか、それはお前次第だ』
光る人影がその姿を霧のようにして消え始めると、突如黒時の身体が激しい光に包まれた。
眩しく、世界を照らす光。
もしかしたらそれは、希望の光ともいえるものなのかもしれない。
しかし――
「待ってくれ、お前は一体何者なんだ?」
沈黙。流れる静寂。ノイズが走る。
『私は――神だ』
黒時は知らない。
最後の瞬間が訪れるその時まで、黒時は知ることがない。
自分が全てを――間違えている事に。
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