第1篇 「そういうもの」

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第1篇 「そういうもの」

 その日は男が自殺を決めていた日だった。  「あと一週間で死のう」、そう思ってから一週間が経ったのだ。理由は色々あるが端的に言えば人生に絶望したからだった。自殺をする者の理由なんてだいたいそうだろうが男も同じだった。  才能も無くて、人脈も無ければ――運も無い。人生何一つ良いことが無かった男の汚染された目から見れば生きることに意味はないように見えた。  ずっと下の道を歩いて生きてきて、挑戦してみた夢も破れ、結局行きついた職もささいなミスで不当にクビにされた……だから、もう死ぬ。  死ぬことで世界に何か伝えたいということもない。誰かに残したいメッセージもない。だから、どこかの山奥でひっそりと自ら命を絶つことにした。  山奥で死ぬと決めた理由はもう一つある。残したいものはないが、どうせ死ぬならやってみたいことが男にはあった。  幽霊を見てみたい。  男の趣味は映画をはじめ、小説やマンガであらゆるホラーを観賞することだった。死を感じられるスリルが堪らないのだ。  けれど、本物の幽霊や化け物は見たことがない。金縛りや幻聴みたいな心霊体験もしたことがない。もしも、画面で見ただけで心臓が凍り付いてしまうような――あんな恐ろしいものがいるなら実際にこの目に映してみたい。  そういう訳で、男は最も幽霊と出会えそうな本物の心霊スポットを探した。ネットの検索欄に文字を打ち込めば出てくるような有名どころじゃなくて、知る人ぞ知る語られてもないような場所を。  見つけたサイトは自殺志願者が集まる掲示板。ほとんど書き込みがないそのネットの闇と言える場所でおすすめの自殺場所を聞いた。数日後、そのサイトを除くと「教えるのでメールアドレス教えてください」と書き込みがあった。  ――顔も知らない人間に教えられた自殺の名所へ足を運んだ今日。午前0時、暗い山道の入り口に男は立っていた。  メールで届いた場所は山に囲まれた田舎の集落。その近くの山では毎年何人もの人間が自殺しているという事実がある。本物も本物なのでこの情報の拡散は警察が取り締まっているとメールには書かれていた。  隣にある木に立てかけてある看板には「自殺志願者立ち入り禁止」と書かれていて情報に信憑性はあると男は思った。  まあ、間違った情報でも別に構わないんだ。幽霊は見れたらいいなくらいでどちらにせよ今日死ぬ。
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