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廃墟の中は外から見えたほど荒れてはいなかった。埃っぽいだけで家具も扉も何もかも壊されているということはなく、押し入れの横開きの戸もちゃんと機能していた。
閉まっている押し入れを怖い物が見たいので見つけたら開けた。その中には白骨死体が入っていたものもあった。ここで自殺をした人が何人もいたというのは紛れもない事実だった。
男は月明かりが差し込む部屋で壁に背を預けて座った。一通り見て回ったが幽霊はいない。けど、死ぬのは怖くなくなった。だって、ここには――。
いくらか自殺の方法を調べて、刃物や首吊り用のロープを持参したが、死ぬ方法は首吊りに決めた。
最後に思い残すことはないか自問自答したが全くない。ちょうどよい柱の先客の隣にロープをかけて、近くに倒れていた小型の脚立を拝借する。
しかし、ロープの輪っかに顎を乗せるとさすがにもう一歩踏み込むのは勇気が必要だった。悲しくはないけど涙が頬を流れてくる。男はそんな状態で20分ほど月を眺めるとついには勇気が出せず一旦床に座ってしまった。
そのまま、寝転べば考えすぎてぼんやりしてきた頭と山の澄んだ空気が同化していく……。何も考えられなくなって、じっと天井の木目を潤んだ目で見つめる。
その内なんだか居心地が良くなって、充分に決心したはずだったのに死へ向かえなくなってくる。そんな時、持ってきたリュックの中でスマホが音を鳴らした。
何の通知でもどうでも良かったが体が自然とスマホを取りに行く。見れば地元のろくでもない友人から「久しぶりに会わないか」という誘いのメールが来ていた。
別にその友人に、情けない人生を歩んでいるので会いたくもなかったが、もう一度帰って一晩考えてみようかと思わせられた。誘いに乗れば何かが変わるかもしれない。
田舎の綺麗な空気が気に入った。こんな田舎で――自然の中で社会を忘れ、農業をして生きていくっていうのも悪くないかもな。もう一度……もう一度……。
生きて見ようか。そう思って立ち上がると、出口に――そして、前に後ろに人影があった。青白い肌をした男や女、幼い子供の姿をした者まで……。
「ああ。幽霊ってそういうものなんだな」
男が廃墟から出ることは無かった。
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