1. light that shines on me

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 こうして健気なまでに来るべき日のため、準備をしてきた少年に突如、大きな障壁が立ちはだかった。それはある晩のことだった。  勇者の末裔、ハワード家の家長である少年の父親が二人の息子を並べ、かしこまって告げた。 「家督を長子カインに。勇者候補者として(にん)は次男であるアベルに託すことにする」  少年は愕然とした。愕然としたのは少年カインだけではない。弟のアベルも取り乱し、父の袖口に縋り付いた。 「な、なぜです? 兄さんが勇者候補だったはずでは?」 「これはもう決定事項だ。異論は認めん」  弟アベルは絶望に膝をついた。父の決めたことは絶対だ。  真っ先に崩れ落ちたかったのは自分の方だ。カインはうずくまるアベルの背に視線を落とす。生まれた順序がほんの半時違っただけで、弟のアベルはそこらの貴族子息と変わらず、自由気ままに過ごしてきが、一方カインは幼少期からこれまでの時を勇者候補という運命に捧げてきた。失った時間を思うとまさに呆然とするのは自分こそが相応しい。  カインはそんな思いを誰にも気取られぬよう、黙って目を瞑り、立ち尽くしていた。  アベルはギリギリと奥歯を噛みしめていた。まさか、次男である自分が勇者の役割を受け継ぐなど、夢にも思ったことがない。  たしかに今の今まではっきりと告げられたことはないが、最優先で継承されるべきは勇者の務めであり、長子が継ぐものだったはず。それは一族の中での暗黙の了解があった。  その証拠に、父は勇者候補としての修練も長子であるカインにさせていたではないか。今になり、二人の人生を大きく変えるような重大な方針を、決言葉一つで覆す父に、アベルは憎しみすら覚えた。 ***** 「なんで、なんで父さんはあんなことを? 兄さんはずっと旅立ちの準備してきたじゃないか。何がいけなかったんだ。兄さんの失態なんじゃないのか?」  アベルは納まりが付かず、自室に戻るなり兄に向けて(わめ)き散らした。  騒いだところでどうにもなりはしない。カインとて当惑している。いずれこの家を出て行けるものだと思い、今まで従順にしてきたというのに。  学びや鍛錬も好き好んでやってきたものではなかった。だが、いずれにせよ、好きな人生を歩めないのだとしたら旅にでも出た方がましだと思っていた口だ。家督を継ぐなど冗談ではないと、アベル同様、心中はおだやかではない。 「アンのことはどうするんだよ? 僕はアンと結婚するんだ。そうだろ? そのために小さいころからずっと仲良くしてきたんだ」  アンは家柄を盛り立てるために親同士が決めた婚約者だ。彼ら兄弟にとっては年上のいとこでもある。物心の付く頃から親交があり、カインも姉のように慕っていた。  どちら、とは明確に決められていなかったが、家督を継ぐ方がアンと結婚することになるのは当然だ。すでにアベルとアンは、恋人同士のように振る舞っていた。  長子のカインが勇者の末裔として旅立ち、アベルが家督を継ぐ。当然、誰もがそう考えていたことだろう。  特に、アベルは親が決めた仲という理由だけでなく、強くアンを求めていた。心の底から彼女に恋心を抱いていたのだ。  『いずれは一緒になるためだ』と言いいながら、アンとの交流が中心の日々だったアベルが、旅立ちとなったら結婚どころかもう彼女と一緒にいることはできない。
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