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「それで? 兄さんがアンと結婚することになるって? はっ。馬鹿馬鹿しい! そんなこと、アンが受け入れるはずがない!」
失態などという言いがかりだけでも許しがたいのに、アベルのその台詞にこそカインの感情がざわめく。
アンは家督を継ぐアベルの婚約者と決まっていた。だからこれまで、彼女に親愛以外のどんな感情も抱かぬよう努めてきたではないか。
実際に、二人の逢瀬に水を差したことなど一度たりともない。
アベルとて、そんなカインの気使いを知らなかったはずもない。カインもまた、アンにほのかな思いを寄せていることを分かっていながらアンとの仲をひけらかしていた節がある。
表向き、カインはそれすら気に留めないようにしていた。しかし、そんな配慮すら踏みにじられた気分だった。
耳障りなほど心臓が激しく鼓動する。それを、怒りの感情だと認識してはいけない。カインは心の中で、神にささげる歌の中でも最も気に入っている旋律の一部分を口ずさみ、心を静めた。
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