1. light that shines on me

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 カインはこんな弟の態度が普段から不愉快だった。  アベルの周りにはいつも人が集まっている。家族、親類、使用人、取り巻くすべての人に愛され、いつでも誰かが手を差し伸べる。  だが、カインの前で本性を現したアベルはいやに大人びた物言いをし、時に虚を突くような指摘をし、それが妙に穿っていた。  教会では不安や疑念は悪魔のささやきとされ、湧き上がったときには聖なる神の書を唱えるよう教えられる。  そんなカインにしてみると、本性を現し自分の考えを自由に語るアベルは直視できないまぶしさがあった。  弟の生まれ持った性質が妬ましくて仕方がない。普段は隠している本質を見抜く感性。それを以てして人々を掌握しているのだから、性根は悪辣でしかない。  それでも自分がちっぽけに見える。日々の学びの中でところどころに湧く疑問。神の書の文言で押し殺してきたそれらを、アベルはいとも簡単に口にする。まるでカインの心などすべて見通しているかのように、全くもって、カインの秘めたる探求心を露わにするのだ。  不安や疑念は悪魔のささやきではない。知的好奇心だ。カインはそう捉えながらも抗うことをしてこなかった。教会は、自由な考えを持つということは時に危険思想を生むという考えの下で、疑問を持つことすら禁じていることに気付きながらも、幼少期より刷り込まれた教えは思ったよりも強固だった。  アベルはこうしたカインの羨望も知っているのだろう。常々、意図してカインの気に障る事ばかりいうのだが、双子とはいえ、カインにも兄としても面目がある。  躍起になればアベルの思うつぼだ。いつも務めて軽くあしらう努力をしていた。 「お前の言い分は分かった。明日の務めが終わったら謁見を願ってみるよ」  これはカインにとって今までやったことのないほど、恐れ多くも思い切ったことだ。  気前よく、難しいことでも難なくこなしてやる。見せてやると、躍起になったところなのだが、アベルは呆けた顔をした。 「本気で言ってるの? 誰に何を願うって?」 「神官長さまに、神への謁見、だけど」 「カイン……。『神様に会いたいです』『はい、どうぞ』と言ってもらえると思ってるの?」 「とても難しいことだけど、なんとか頼んでみるよ」 「それで? どこで何をするつもり?」 「謁見だよ。お前が望んだ事じゃないか。神の扉まで行くつもりだ。そこで祈りを捧げてくる」  アベルは大きなため息をつき、ベッドに身を投げた。 「もういい、一人にしてよ」 「もういいってなんだよ。お前のために神殿の最深部まで行ってやると言ってるんだぞ」 「……ありがと。兄さん。やっぱり兄さんは頼りになるなぁ。せいぜい扉の前で祈ってきてよ。それが何の足しなるかわからないけど! 父さんに前言撤回をお願いしてくれてもいいいなぁ。その方が早いかもね」  どんなに聖歌を唱えても、激しい鼓動は収まらない。カインこそ、身をもって分かっている。その実、祈りがどれほど救いになるのかなど!  アベルはカインを完全に馬鹿にしてる。どうあがいても、人は神の扉の前までしか行けないと知りながらけしかけているのだ。  だったら神の扉のその先―― 神の間まで、行ってやる。  カインはアベルの部屋の扉を叩きつけた。
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