第四章

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 ラキの顔がさっと青ざめ、鮮烈な怒りの色が両の瞳に燃え上がった。 「黙りなさい! 両親を侮辱する者は許さない!」  息子は、地獄の底から湧き上がるような笑い声を上げた。 「ふはははは。その顔、そっくりだよ。おれが丁重に結婚を申し込んだときのあの女にな。おまえと一緒になるぐらいなら舌を噛み切るとかぬかした。おれの妻になれば、時期邑長夫人として何不自由ない暮らしができたのになあ。あんなつまらん流しの潜人なぞに熱をあげて」  息子はラキの顎を乱暴につかんだ。 「子どもだと思っていたが、いつのまにか少しは女らしくなったようだな。婆あが来るまでちょっと遊んでやるのもいいか」 「き、汚い手で、触らないで」  ラキは懸命に声を絞り出し、精一杯にらみつけた。  息子の粘ついた息が、少女の頬にかかった。  突然、何か重いものを叩きつけたような鈍い音がして、息子の喉が、ぐふ、と鳴った。ラキは思わず後じさりしようとしたが、後ろには、両手を縛った縄の端を持った取り巻きがいるので下がれなかった。  倒れこむ息子の身体の後ろから、全身に怒りをたぎらせた少年の姿が現れた。息子の頭に叩きつけた石を両手で持ち、肩を大きく上下させている。 「レン!」  ラキは小さく叫んだ。  レンはたちまち取り巻き連中に取り押さえられた。 息子が、後頭部を押さえながら立ち上がった。 「痛えな、くそ。……へっ、お姫様の危機に駆けつけた王子様のつもりかよ。チビだから崖を伝って来れたのか。図体のでかい兄貴はどうした。途中で湖に落っこちたか」  邑長の息子、つまりレンの伯父は、うつぶせになったレンの頭を草履の底で踏みつけた。圧倒的な優越感に酔っている。
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