第五章

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 セリは布絵の図案を、よく見知っていた。  貝の汁で糸を染め、気の遠くなるような手間をかけて布絵は織られる。なのに、なぜこんなに不気味な図案にするのだろうといつも思う。他にもっと、美しい図柄があるのではないだろうか。  不吉な手足。悪夢のような頭。  セリは立ち上がり、ふらふらと歩き出した。 「行くのか」  短い言葉は、布絵の向こうに掻き消えた。  布は不規則な間隔で吊り下げられており、かき分けなければならないほど密集しているかと思うと、ふいに開けるときもある。何度かそんなことを繰り返した後、急に広い場所へ出た。  川のようなものが流れている。  こちら側の岸には鬱蒼とした布絵の森を抱き、向こう岸はうす暗く、何もない空間がはてしなく続いている。  そのぼんやりした闇を背景に、水神がたたずんでいた。  サカナの頭に人間の身体。  乳房はふくらみ、腰は丸みを帯びている。 「水神様は女だったのか」  自然にそう思った。  セリは、とつぜん不安に襲われた。身体が、真っ逆さまに奈落の底へ落ちて行くかと思われた。  認めたくないが、気づいていた。  あの身体は、セリの身体だ。
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