第五章

11/15
前へ
/122ページ
次へ
 セリは、またあの白い空間に立っていた。  ようやくわかってきた。これは、貝爺が作り出した像なのだ。おそらく、会話がしやすいように。  貝爺が、座った姿勢で呼びかけた。 「ようここまで来て下された」 「あたしを呼んだのは、あなただったんだんですね」 「腹をたてているのか」 「……」 「境界を越えるには、どんな形であれ犠牲は避けられない。そうすれば人の感情を波立たせずにはおかない」 「犠牲……」 「わしらモドリは、湖の中に精神の大部分をおいてきてしまった。失敗したのだ。そしてその失敗の挽回を後から来る者に無責任に押し付けている。今度こそうまくやってくれ、わしらはできなかったが、と」 「……そうまでして、なぜ新たな者を呼ぶんです」 「その理由こそが、さっき説明しかけた世界の秘密だ。では、続きと行こう」  貝爺とセリのあいだの空間に、別の場所が現れた。  見慣れた湖岸の光景だ。しかし、家や養殖場や油井櫓がひとつもない。目が慣れてくると、岩の上で蠢いているものが見えた。 「我々の祖先だ」  目が頭の横に突き出し、皮膚は粘膜に覆われ、背中にはうっすらと鱗のあとが残る。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

161人が本棚に入れています
本棚に追加