第五章

12/15
前へ
/122ページ
次へ
「遠いむかし、この世界には大きな陸地がいくつもあって、人間が大勢住んでいた。しかしあるとき天変地異が起こり、陸地はすべて大きな水に沈んだ。そのとき世界の覇者であった水神族は、水の中で生きられるように自らの身体を作り変え、水の中に文明を築いた。あるとき水底で大規模な噴火があり、内側にくぼみのある円い陸地ができた。水神族はその内側を進化の実験場にしようと考えた。自分たちの子孫が再び陸で栄えるために。  稚児は、いわば我々の兄なのだが、結局陸に上がれなかった。次に作られたのが我々人類だ。今度はなんとか陸へ上がることができた。文明を築くまでの間、人類の飢えを満たすために、水神は緑の湖の縁に糧となる貝や水草を置いた。一方で、稚児のように水中に戻ることがないよう、水に対する恐れを与えた。  しかし、人間は水を恐れながらも、湖の縁にへばりついて離れようとしない。そのうち油を利用することを覚え、ますます湖に依存する度合いが高くなった。  実験場だった湖は、地殻変動によって環状の陸地が傾き、環の一部が切れて大きな水と混ざり合った。そのために湖の水は新たな種を生み出すことはできなくなった。ほどなく、水神族は滅びた。身体を作り変えたことが種としての寿命を縮めたのだ。  つまり、われわれは最後の者なのだ。そして、わしらが行くべきところは、青き大きな水のその先だ」 「ばかばかしい。それこそ伝説だろ」 「青き大きな水は、緑の湖よりもはるかに豊かな世界だ。例えば、魚」 「さかな……」  セリは愛用の永久煙管を思い出した。 「さかなは、ずっと昔に滅びたって」  とたんに、二人の周囲をおびたしい数の魚が取り巻いた。大小さまざまで、あらゆる色をまとい、大きさごとに群れをなし、複雑な法則にしたがって縦横無尽に舞っている。 「すごい」  セリはあっけにとられた。
/122ページ

最初のコメントを投稿しよう!

161人が本棚に入れています
本棚に追加