第六章

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 復職が決まっても、シザの無表情はそのままだった。それでレンにもようやくわかった。シザはやはり変わってしまったのだ。彼女がいなくなったせいで。  まだ二十歳なのに、人生のすべてをあきらめてしまったようにみえる。復職が遅くなったのも、度重なる査問会で自分に有利な要素を積極的に主張しなかったからではないかとさえ思えてくる。  邑で会ったシザは、確かに真面目一方だったが、これほどまでに無口で無気力ではなかった。冷静な言動の裏に、燃えるような情熱があった。  レンが伯父に体当たりして湖へ飛び込み、無抵抗の伯父を沈めようとしたとき、シザは黙ってレンの頭を水に押し込んだ。彼は、レンの体質ならそういうことをしても大丈夫だと判断した上で、最も効果的な方法を実行したのだ。おかげでレンは目が覚め、犯罪者にならずにすんだ。  その判断力と行動力は、レンの心を鷲掴みにした。彼はシザを心から尊敬したのだ。だから、シザが変わってしまったことに心を痛めた。  ところが最近、彼はシザの奇妙な行動を知った。  人々が寝静まったころ、エラと潜面を持ってどこかへ出かけて行くのだ。レンは潜水学校に入ってから、授業と仕事と早朝の自主練の疲れで、夜は泥のように眠っていたのだが、あるとき夜中にふと目が覚めて、シザが出て行くところを見てしまった。レンは気づかれぬようにあとをつけた。シザは湖岸へ行き、潜面をつけると、ためらわずに湖へ身を沈めた。勤務時間外、しかも単独潜水である。謹慎明けで復帰したばかりなのに、こんなことが発覚したら、今度こそただではすまない。  思いきって問いただすと、シザは横を向いたままぶっきらぼうに言った。 「モドリを知っているか」  レンは目を瞑った。シザからそんな言葉を聞きたくはなかった。あの冷静で理知的なシザから……。  もちろんレンは知っていた。潜水学校の生徒なら誰でも知っている。 「湖の底で何年も暮らしていた人間がひょっこり戻ってきて、記憶も言葉も失っていて、首には鰓のあとがあって、食べ物は湖水しか受けつけないって話?」  わざと丁寧に説明する。いかにばからしい話かということに気づいてもらうために。  シザは答えずに席を立った。幽鬼のような影が部屋を出て行くまで、レンは呼吸を止めていた。  レンの中に、はじめてシザに対する怒りが生まれた。自分だけで悲劇を背負ったような顔をして。ぼくだって辛いのに。そしてラキも……。
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