第六章

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 二人乗りの長距離移動になるため、半分以上の荷を捨てた。  セリの荷を選り分けるとき、シザの手がかすかに震えているのをレンは見た。  当面の目的は、邑から離れることだった。  ラキは気丈に振る舞っていたが、ときどき恐慌に陥った。急に悲鳴をあげたり、うずくまってガタガタ震えだしたりするのだ。シザによると、潜水忌避症状というよりも、囚われて手を縛られ、湖に投げ込まれるという一連の犯罪行為によって彼女の心につけられた深い傷が原因だろうということだった。  とにかく、ラキは一刻も早く医者に見せなければならなかったし、ハシは司法庁の出張所がある邑まで行って、被害を届け出なければならなかった。  医者の方が先に見つかったので、ラキとレンはその地に滞まり、シザはハシを乗せてその先の邑まで馬をとばした。届け出は受理され、ハシは役人とともに故郷の邑へ帰っていった。  ラキが落ち着くと、シザはふたりに聞いた。邑へ帰るか、それとも一緒に都へ来るか、と。ラキは、邑に戻ればまた症状がぶり返すかもしれないと医者に言われていたし、レンにとってはラキと離れるなど問題外だった。  ラキは兄に、レンは両親に手紙を書いた。  こうして、三人はともに都へ向かった。  潜水学校に入ったとはいっても、まだ湖には入れない。最初の数ヶ月は、座学と呼吸法をみっちりたたきこまれる。潜水用の背嚢には湖水から酸素を分離する機構が備わっており、分離された酸素を取り込むためには、地上とは異なる呼吸法が必要になる。その呼吸法の訓練のために、新入生にはひとり一本「命の笛」が渡される。正しく呼吸できたときにのみ、音が出るしくみだ。かなり甲高い音が出るために、住宅地での使用は禁じられている。  そこでレンは、毎日夜明け前に、家の近くの湖岸で自主訓練を行なっていた。真っ暗な湖に向かって、ひたすら吹き続けるのである。  そこは街外れの、護岸工事がまだ施されていない区域で、侵食された岩場がひろびろと続く一帯だった。休日は、家族連れの格好の遊び場になっている。レンは岩を伝って、できるだけ湖の近くまで歩いていった。足元から波の音が聞こえ、潮の香りで胸がいっぱいになるくらいのところで吹きたいのだ。
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