第六章

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 ようやくレンは気づいた。セリの腕も肩もむき出しだ。いつも頭の上できっちりまとめていた髪も、濡れたまま無造作におろされて頬や首筋に貼りついている。岩に隠れた部分がどうなっているかは、容易に想像がついた。 「そうか。服が必要なんだね」 「さっきそう言っただろ」  レンは深呼吸をして、足腰にぐっと力を入れて立ち上がった。  そして、いなくならないよね、ぜったいにここにいるよねとセリの白い顔に何度も念を押し、ついに、いいから早く行けと怒鳴られた。  着物を持って戻ったとき、さっきまでセリがいた場所には何も見えなかった。  レンは全身から血の気が引く思いがした。 「セリ?」  おそるおそる呼びかけた。すると、おう、とかなんとかいう声とともに、白い指がひらひらした。レンは、全身の空気をすべて使い切るような安堵のため息をついた。 「よかった。夢だったのかと思っちゃった」 「寒くて、水から出られないだけだよ」  セリは、よっこらせと言って、また両腕を岩の上に乗せた。 「服と手拭いだよ。……じゃあ、後ろ向いてるから」 「ありがとう」  続いて、水から上がる音がした。ひと呼吸おいて、 「いいよ」というセリの声。  レンがとまどっていると、セリのほうからレンの前にまわって来た。もちろん、レンが持って来た着物をすべてきちんと着て帯を締め、一部の隙もない。手拭いを使って、髪をまとめてさえいる。 「早い」 「職業柄な」  呆気にとられるレンに、セリは悠然と微笑んで見せた。 「これ、おまえの服?」 「そうだよ」 「そうか……背が伸びたんだな」  レンは今、セリを見上げてはいなかった。
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