第六章

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 頬の丸みがとれ、あごが角ばってきている。そういえば、声変わりもしたようだ。  セリは表情を引き締めた。 「レン、あたしを殴ってくれ」 「えっ」 「そうしてくれないとあたしの気がすまないんだ……ただし、おまえの生涯で、女を殴るのはこれが最後だ。いいな?」  レンはまばたきもせず、口を固く結んでセリを凝視した。 「さあ」  セリはもう半歩すすんだ。  レンの右手が上がった。この世の終わりのような顔をしている。  ぽふ、と音がして、セリの上着の左袖が凹んだ。  そのまま、レンの指が布地をくしゃくしゃに握り締める。  セリは肩に、あたたかな重みがかかるのを感じた。  レンが、声を押し殺して泣いている。 「悪かった、ほんとに悪かったよ。何も言わずにいなくなったりして」  セリはレンの背中を軽く叩きながらささやいた。震わせずに普通の声を出せる自信がなかったのだ。 「あんまり濡らすなよ。また乾かしてやらなくちゃなんないだろ」  レンは顔を離して、素早く目を拭った。そして息をのんだ。 「セリ……首に傷が」  セリは首に手をやった。顎の骨のすぐ下に、弓形のかすかな盛り上がりがあった。 「ああ、これ? いや、何でもないんだ。平気平気。おっかしーなあ」 「ひどい怪我だったの?」 「だから、大丈夫だって」 「もう……とりあえず、家に行こうよ。話はそれからゆっくり聞かせてもらうから」  セリはそれを聞いて、声を上げて笑った。 「何?」  笑ってる場合じゃないとばかりに怒った口調のレンに 「なんか、喋り方が誰かさんに似てきたんじゃないか?」  と笑いをこらえて言い返す。 「女に嫌われないように気をつけろよ」
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