第六章

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 レンは何のことかわからないようだったが、からかわれたことにむっとしたのか、黙ってセリの袖をつかんで歩き出そうとした。  セリは笑って、やんわりとその手をほどいた。 「もう、どこへも行きゃしないよ」  セリが導かれたのは、下町の入り組んだ路地の奥にある長屋だった。 「寮じゃないのか」 「それも考えたんだけど、シザが心配で」 「ここに、ふたりで?」 「うん。ラキと、シザのお母さんが隣に住んでる」 「そうか。結婚が延びちゃったな」  都の決まりでは、結婚可能年齢は十六歳だ。 「仕方ないよ」  セリは、そこにすわってと言われ、二脚しかない椅子のひとつにかけた。せまい部屋の壁際に押しつけられた、小さなテーブル。レンはストーブに火をつけている。  男ふたりの所帯は、殺風景で寒々としていた。  レンは、そうだと呟いて奥へ行くと、何かを手にして戻ってきた。 「はい」  と言ってセリに手渡したのは、サカナの装飾のある永久煙管だった。 「うわ、うれしい」  セリはレンが持ってきた油差しから煙管に油を注ぎ入れて、火口で火をつけ、深く吸い込んだ。香油は蒸発しているし、磯百草もないので、何の味もしなかったが、形だけでもかなり満足できた。  煙の代わりに長く息を吐いて、セリはさりげなく部屋を見渡した。 「あいつ、いいとこのお坊ちゃんじゃなかったのか」 「シザはそんなんじゃないよ。はやくにお父さんを亡くして、潜水隊に入れる年齢になるまでは、草履を売ったり馬洗いをしたり、いろんな仕事をしてお母さんを助けたんだ」  セリの向かいの椅子に座ったレンが答える。 「そうか……なんでそんな風に思ってたんだろう。喋りかたかな」  たしかにシザの喋りかたには、なんというか、ことさら上に立とうと虚勢をはっているようなところがあった。見る角度を変えれば、若くして出世してしまった青年の、精いっぱいの虚勢ではなかったか。
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