第六章

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「もうすぐ帰ってくると思うよ」 「夜も働いているのか」 「夜もっていうか、夜に働いているんだ。養殖場の監視小屋で」 「そんな……」  閑職に、と言いかけて、セリはあわてて口をつぐんだ。レンはそれを察して答えた。 「復職できただけでもよかったんだよ。勤務時間外に潜水をしたことで査問会にかけられて、大変だったんだから」 「勤務時間外? あいつ、仕事としてあたしを探しにきたって」 「セリの退職願は受理されていたんだよ。シザは休暇をとってセリを追っかけてきたんだ。途中で休暇は切れちゃったけど」  セリは何と言っていいかわからなかった。仕事を捨てて女を追いかけてきた男。彼はそういう種類の情熱から最も遠い人間だと思っていた。  レンは、意味ありげな微笑を、ほんのわずか目と口の端に浮かべて、セリを見ていた。その表情は、子供のものではなかった。 「さ、どっちから話す?……待って、ぼくから話すよ。そのあとでラキを連れてくるから、セリの話を聞かせて。そのころには、シザも帰ってると思うから」  レンが話し終わるころ、部屋の隅にある台所の小さな窓がうっすらと白くなっていた。 「……シザは、ずいぶん悩んでいた。自分がセリを……見殺しにしてしまったのじゃないかって。ぼくたちの後見人になってくれたのも、罪滅ぼしみたいな気持ちがあったんじゃないかと思う」 「あいつが、おまえとラキの後見人に?」 「そうだよ。だから、ぼくはいま潜水学校に通うことができているし、ラキも奨学金を受けて学校に行けることになった」 「邑には、戻らないのか」 「うん……当分。結局ぼくも、ハシさんと同じことを考えたんだ。教育が大事だって。だから、いずれは戻ると思うけど、いまはいろいろなことを勉強したいんだ」 「そっか。でも、ハシさんも家がそういうことじゃ、大変だろうな」 「ハシさんの家は、みんなが協力して修理してくれたって。教室も再開して、生徒も前より増えたって」
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