第六章

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「まさか、馬で出かけるの?……さっき、もうどこにも行かないって言ったじゃない」  三人は、長屋の裏の共同厩舎に来ていた。レンとラキが必死で説得しようとするのをセリはのらりくらりとかわし、結局ここまで来てしまったのだ。  セリは自分の馬を見つけると、懐かしそうに鼻面をたたいた。馬は主人を覚えていたとみえて、せわしなく尻尾を振って彼女の頬をべろりと舐めた。 「すぐに戻るって」 「大体、こんな時間にどこ行くの?」 「湖だよ」  レンは顔色を変え、鬼のような形相でセリに食らいついた。 「駄目だよ。ぜったい駄目」 「心配すんなって。湖岸沿いを思いっきり走りたいだけだ」 「どうしてもって言うなら、ぼくがついていく」 「振り落とすぞ」  セリはレンの鼻先に人差し指をあて、笑顔で脅した。  そして、ひるんだレンを尻目に、馬に手綱だけをつけ、厩舎の柵をあけて外へ出すと、その柵を足がかりに裸の馬の背に飛び乗った。 「……しょうがないな。ホントに、ちゃんと戻って来てよ」  レンは意外にあっさりと道をあけた。その言いかたが、大人が子どもに言い聞かせるみたいだったので、セリは笑いながら馬の腹を蹴った。 「恩に着るよ!じゃあな!」  風のようにセリが行ってしまったあと、ラキは信じられないといった顔でレンに詰め寄った。レンはラキの手を引いて、表通りを見渡せるところまで導いた。  ラキは目を見張った。  いままさにセリが駆けていったほうから、朝の静寂を破る高らかなひづめの音が近づいてくる。  二組の人馬が、縦に並んで走ってくる。先頭はセリ。その後ろは…… 「止まれ、止まれといってるんだ! 聞こえないのか、そこの馬!」  白昼に物の怪でも見たような男の叫びが、婚約者たちの前を通り過ぎた。  レンは、ラキに向かって肩をすくめた。
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