第六章

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「最近、耳がよくなったみたい」  ラキは目を丸くしてレンを見、それから微笑んで寄り添った。 「どうして逃げるんだ」  シザの口調に哀願の色が加わった。  人馬の追いかけっこは、大小の街路を不規則にたどったあと、湖岸沿いの街道に舞台を移していた。諸国をつなぐ街道は、道幅も広く、よく整備されているので、早朝の遠乗りは最高に気持ちがいい。  逃げてるんじゃない、後ろを振り返れないだけだ、とセリは思った。  それに、どこへ行ったって、おまえはあたしを見つけるじゃないか。  セリは、朝日を浴びて金色に輝く水面を眺めた。  あたしには、やらなければならないことがある。  まず、モドリを探し出して、完全にモドす。その方法を、セリは湖底でつかんだ。  それから――これが本当の目的だが――舟を作る。  完成するまでには、長い時間がかかるだろう。ひょっとしたら、自分が生きているうちにはできないかもしれない。  それでも……これは、世代を超えて受け継いでいくべき事業だ。青き大きな水の果てにある陸地を目指すために。  セリの昂揚とは反対に、馬の速度が落ちてきた。セリがいないあいだ、あまり走らせていなかったのかもしれない。  シザが、斜め後ろにぴったりとつけた。  セリの膝に馬の鼻息がかかり、視界の端に、こちらへ身を乗り出す男の姿がちらりと映った。 「莫迦、なにするんだやめろ」  最後の、ろ、を合図にシザは渾身の力をこめてセリの馬に飛び移った。 「なんて無茶なことを」 「手綱をよこさなければ、もっと無茶をするぞ」  セリは観念したように手綱を渡した。馬はおだやかな走りになった。道はまっすぐで、右手にはどこまでも湖がひろがっている。  身体の両脇にある逞しい腕が、慣れた手つきで手綱を操っている。
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