第六章

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 セリは湖を眺めながら、ぽつりとつぶやいた。 「……あんた、毎晩歌ってたよな」 「そうだ。レンに聞いたか」  シザの問いには答えず、セリはまたつぶやいた。 「単独潜水は規則違反だ」 「そうだな」  シザは笑ったようだった。馬は小走りから、てくてく歩きになった。 「バレたらクビだ」 「そうだな」 「バッカじゃないの」 「そうだな」  シザは同じことしか言わない。セリは、もう少し長い答えになるような質問を探した。 「なぜ追いかけてきた」 「捕まえていないと、きみはどこに行くかわからん」  セリはくすりと笑った。 「捕まえてたって、どこに行くかわからない」 「そうだな。一緒にいる私も気づかないうちにな」  一緒に、というところのかすかな声の震えを、セリは聞き逃さなかった。  馬は完全に立ち止まった。 「話はあとでゆっくり聞かせてもらう」 いつもの口調に戻っていた。  セリは突然、身をよじって馬から飛び降りると、シザの腕をつかんで引きずりおろした。そして、面食らっているシザの胸に、ぶつかるように飛び込んだ。その勢いで頭の手拭いがほどけ、長い黒髪が生き物のように風に泳いだ。 「いやというほど聞かせてやる。覚悟しろ」  見かけよりも厚みのある胴に腕をまわし、日に焼けた鎖骨に唇を寄せてセリはささやいた。  セリが、完全にモドってこられた理由。  そして、地上にいる多くのモドリを正気づかせる方法。  それは、未来をつかむことだ。  湖の中は、複数の時間が同時存在する。過去にとらわれていると、再生が不完全になる。セリは未来を見た。そして渇望した。だから、完全に再生することができた。  シザは、吹き乱れる彼女の髪に顔を埋め、そこに浸みこんだ潮の香りを嗅いだ。そして、いま奇跡のように腕の中にある身体を、思いきり抱きしめた。 (完)
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