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セリは急いで二人に追いつき、先に岸に上がって両手を伸ばした。力強く少年を押し上げたのは、筋骨逞しい老人だった。一連の動作に無駄がなく、非常に手慣れている。
セリは老人から少年を引きとって岸に立たせると、急いで様子を観察した。もちろんずぶ濡れだが、湖に落ちたにしては平気な顔をしている。
「大丈夫?」
「うん」
「水を飲んだ?」
「ううん」
少し咳き込んだが、受け答えもしっかりしている。セリは安堵のため息をついて、老人にお礼を言わなくてはと湖を見た。
老人の姿はどこにもなかった。まるで手品のように、掻き消えてしまっていた。
セリは静かな波がさざめく入り江を呆然と見渡した。感謝の気持ちを持つべきなのに、恨めしさが沸いてきた。
お礼ぐらい言わせてくれたっていいのに。
「ひとりで湖に近づいちゃいけないって教わらなかったの」
セリは潜人用の炉で少年の服を乾かしていた。叱っているのではない。口調は限りなく優しい。
少年は何か言おうとして、大きなくしゃみをした。助けられたあと、有無を言わさず裸にされ、セリの旅用の夜具にすっぽりとくるまって、炉にあたっている。
「あたしはセリ。おまえの名は?」
少年は洟をひとつすすってから答えた。
「ぼくはレン。……どんなに足場が悪くたって、湖に落ちたことなんか一度もなかったんだ。それに、ただ待っているのも退屈だったし、ちょうど引き潮だったから。でも……助けてくれて、ありがとう」
少し恥ずかしそうな笑みを見せる。まだふっくらした頬と、つぶらな瞳が可愛らしい。弟と同じくらいの年齢だろうか、とセリはふと思った。
「何を待っていたの?」
何気なく訊くと、少年は間髪入れず答えた。
「セリを待っていたんだよ」
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