第一章

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 セリは急いで二人に追いつき、先に岸に上がって両手を伸ばした。力強く少年を押し上げたのは、筋骨逞しい老人だった。一連の動作に無駄がなく、非常に手慣れている。  セリは老人から少年を引きとって岸に立たせると、急いで様子を観察した。もちろんずぶ濡れだが、湖に落ちたにしては平気な顔をしている。 「大丈夫?」 「うん」 「水を飲んだ?」 「ううん」  少し咳き込んだが、受け答えもしっかりしている。セリは安堵のため息をついて、老人にお礼を言わなくてはと湖を見た。  老人の姿はどこにもなかった。まるで手品のように、掻き消えてしまっていた。  セリは静かな波がさざめく入り江を呆然と見渡した。感謝の気持ちを持つべきなのに、恨めしさが沸いてきた。  お礼ぐらい言わせてくれたっていいのに。 「ひとりで湖に近づいちゃいけないって教わらなかったの」  セリは潜人用の炉で少年の服を乾かしていた。叱っているのではない。口調は限りなく優しい。  少年は何か言おうとして、大きなくしゃみをした。助けられたあと、有無を言わさず裸にされ、セリの旅用の夜具にすっぽりとくるまって、炉にあたっている。 「あたしはセリ。おまえの名は?」  少年は洟をひとつすすってから答えた。 「ぼくはレン。……どんなに足場が悪くたって、湖に落ちたことなんか一度もなかったんだ。それに、ただ待っているのも退屈だったし、ちょうど引き潮だったから。でも……助けてくれて、ありがとう」  少し恥ずかしそうな笑みを見せる。まだふっくらした頬と、つぶらな瞳が可愛らしい。弟と同じくらいの年齢だろうか、とセリはふと思った。 「何を待っていたの?」  何気なく訊くと、少年は間髪入れず答えた。 「セリを待っていたんだよ」
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