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ふたりは同時に顔を見合わせた。それぞれ違う驚きで。
「あたしを?」
セリは服を乾かす手を止め、素っ頓狂な声を上げた。
「うん、だって潜水隊の人でしょ。さっきのおじさんとふたりで、油井を直しに来たんでしょ」
レンも丸い目を見開いて訴えた。
どうやらレンはセリのことを、都から派遣された潜水隊だと思っているらしい。潜水隊は、湖の中の仕事全般をする公の組織だ。養殖場や湖底から汲み上げる油井で、素人の手には負えないような不具合が発生したときは、各邑の長から都へ潜水隊の派遣を要請することになっている。
セリはしばらくのあいだ、なんと言おうか思案した。
「がっかりさせて悪いけど……あたしはそうじゃないの。さっきの爺さんも赤の他人だよ。どこの誰か、まったく知らない」
「じゃあ、あの人が潜水隊?」
「それも考えにくいな……潜水隊はひとりでは仕事しないし、あんな老人が隊にいるなんて聞いたことない。まあ、あたしも全員を知っているわけじゃないけど」
レンは不思議そうにセリを見た。
「セリは潜水隊じゃないんでしょ?」
セリは胸の中で舌打ちした。調子に乗って、ついべらべらと喋ってしまった。
「じつを言うと、もと潜水隊なんだ。辞めたんだよ」
「辞めたの?」
レンは信じられないというように叫んだ。潜水隊といえば、方々から集めた潜りの素質のある人間(潜水隊用語では「湖に愛された人間」)を、厳しい訓練によってふるいにかけたエリート集団であることは、辺境の子供でも知っている。
「まあ、いろいろあってさ」
セリは言葉を濁した。自分の選択が間違っていたとは思わないが、他人のこのような反応に動揺しないと言えば嘘になる。
セリは、もやもやした気持ちを振り払うかのように、レンの服をことさらに引っ張ってしわをのばした。
「ちょっと生乾きだけど、日があるうちに帰ったほうがいい。家に着いたらすぐに、新しい服を出してもらいな」
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