第三章

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「……すごい。欠けている部品がひとつもなかった。まるで」  この日が来るのを待っていたみたいだ、と言おうとしたが、くさい台詞のような気がしたのでやめた。  シザも、表情には出さないが興奮しているようだ。 「このあたりの湖底は断層が多く、油脈が分断されているから、ひとつの油脈の規模が小さくてすぐに涸れてしまう。櫓の製作者は、油井を渡り歩くことを想定して、簡便に移動できて掘削も容易な機構を考え出したのだろう。最初はできるだけ沖に設置し、徐々に湖岸に近づいていく。逆だと足を足さなくてはならないからな」  それに気がつくまで、何人の娘が犠牲になったのか。セリは暗澹とした気持ちになり、油井が枯れるごとにはかない命を散らした女たちに思いを馳せた。それからふと、昨日、湖底の地形と油脈の関係をレンに説明してやると言いながら忘れていたことを思い出し、現実に戻った。 「よし、それじゃ今日のうちに出来ることはやっておこう。といっても、羽をはずすぐらいかな」  シザが、珍しく皮肉っぽい笑みを口元に浮かべた。 「『ぐらい』だと?相当大変な作業だぞ」  シザの言ったとおりだったので、セリは腹の中で何度も悪態をついた。自分だけが知っているような顔しやがって。そうさ、何だってあんたのいうとおりなんだよ。世界の終わりが来たって、あんたはそんな顔をしているんだろう。  もちろんシザは何も言わず、黙々と作業をした。  すべての羽をはずし終わるころには、世界は黄金色に染まっていた。  岸に戻ると、レンが待っていた。 「ずっといたのか」  セリは驚いた。とっくに帰ったと思っていたのと、図面を読むのに夢中になっていたので、岸のほうは見なかったのだ。  レンはだまってうなずいた。不機嫌なのが手に取るようにわかる。 「ああ、紹介が遅れたよ。こっちはシザ。もとの職場の上司」  シザは、「もと」のところはあえて否定せず、レンに向かって手を差し出した。 「よろしく」
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