161人が本棚に入れています
本棚に追加
「……彼女は、私のはじめての部下のひとりだ。自分の班が編成されたとき、彼女の書類を見て驚いた。潜水学校の適性試験は通常、合格か不合格かしかない。だが彼女の判定書には、欄外に試験官の驚嘆と賛辞の言葉が書かれていた。事実、彼女はまるで湖で生まれたみたいに、自在に泳ぎ回った。湖にいるときの彼女は、本当に幸せそうだった。辞めるなんて、想像もできなかった」
シザは煙を吐いた。
「もちろん、彼女の中ではそれよりずっと前に決めていたはずだ。旅に出ることをな。……だが、私は気づかなかった。つまり、彼女をよく見ていなかったのだ」
シザは、もういちど煙を吐いてから、レンを見た。
「私の言いたいことがわかるか」
「……はい」
レンは神妙にうなずいた。そして、思い出したことを言った。
「セリが辞めたのは、弟さんを捜すためなんでしょう?」
すると、シザは目を見開いた。
「弟を捜す? 本当にそう言ったのか?」
「そうです」
レンは、シザの表情の変化に驚いた。
シザは、それから長いこと考えこんでいた。
「どうしたんです」
痺れを切らしてレンがたずねた。
「……彼女に弟はいない」
シザは静かに、だがきっぱりと断定した。
「そんな……まさか」
こんどはレンが目を丸くする番だった。
「小さい頃にご両親を亡くして、都の施設で育った。きょうだいはいない。公式な身上調査書を見ているから、間違いない」
「じゃあ、セリは嘘をついていたの?」
信じられない気持ちだった。
シザは再びの沈黙の後、深刻な顔で言った。
「レン。このことは彼女に言うな」
「このことって?」
最初のコメントを投稿しよう!