第三章

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 レンは喉を触りながら、う、とか、ん、とか発声してみて、早々にあきらめた。 「できそうにないです」 「あたりまえだ。できるようになるまで、最低一年はかかる。毎日、喉から血が出るまで練習するんだ」 「……すごいですね」 「声帯だけの発声だから、音の高低と長さで意味をあらわす。だから『歌』と呼ばれる。……潜人の仕事に興味があるのか」  ふいに訊かれて、レンはセリとの約束を思い出した。 「はい。あります」 「適性試験は誰でも受けられる。交通費は出ないがな」 「巡回試験が始まるって、セリから聞きました」 「そうだな。それもあった」  シザは正面を見つめたまま、煙管を大きく吸って、一気に吐き出した。 「シザさんは、どうして潜水隊に入ったんですか?」 「人が何かをする理由はひとつしかない」  シザはまた煙を吐いた。次に何か言うのかと思ってレンは待っていたが、シザは何も言わなかった。 「理由は、何なんですか?」 「そのときが来ればわかる。もう遅い。帰って寝ろ」  シザは永久煙管の蓋を閉めた。  レンは黙って立ち上がりかけたが、ふと気づいて言った。 「シザさんは、どこに寝るんですか?」 「ここに天幕を張ろうと思っている」 「ぼくにできることがあれば、手伝います」  レンのまなざしは真剣だった。 「そうだな。では手伝ってもらおうか」  レンに人並みはずれた観察力があれば、気がついただろう。そのときシザの頬に現れた、ほのかな微笑のくぼみに。
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