第三章

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 鎧のその部分を確認しようと伸ばしたシザの手を、セリは勢いよくはねのけた。  シザは、はっとしてセリを凝視した。 「どんな具合かだって?」セリの目が、燃えるような光を放っている。「ご自分に聞いてみてください、シザ班長。頭の真上からきゃーぴーきゃーぴー、お化け屋敷から出られなくなった女の子みたいな悲鳴がひっきりなしに降り注ぐんだ、うっとうしいったらありゃしない、こんなんじゃカタライできない!」  セリの声は次第に激しくなり、両手を大きく動かして訴えた。目には涙が浮かんでいる。 「何年潜水隊にいるんだよ。ひとの邪魔しかできないなら水に入らないでくれ!」  そう言い放つと、セリは両手で顔を覆ってうなだれた。 「……すまない」  シザは低く呟いて、セリの横顔を見つめた。  確かに、不安要素は潜水隊での仕事よりも多い。それも格段に。  だが、そのひとつひとつに対して彼は彼なりに整理をつけていたし、感情が外へ漏れ出すほど虚への入り方が不十分だとも思わなかった。  では、セリの攪乱の理由は何か。  シザは、ひとつの可能性を思いついた。  彼女は、この二日間で、静寂に慣れてしまったのだ。広大な湖に自分ひとりだけという状況に。  そのために、感覚がおそろしく鋭敏になっているのに違いない。同じ水の中にいる他人の、わずかな感情の揺れも感じ取ってしまうのだ。  重苦しい沈黙の後、シザが再び口を開いた。 「言い訳にしかならないが……たしかに私はきみより年齢が上で、潜水歴も二年長い。だが、それだけのことだ。私はきみのように優秀な潜人ではない。平たく言えば凡人だ。十分に虚に入れないこともある。わかってくれていると思っていたが……ちゃんと説明しなかった私が悪かった」  セリは顔を上げた。泣いてはいない。しばらくすねたように遠くを見たあと、横にいるシザを振り返った。激情の余韻が頬の赤みとなって残り、濃い睫毛に縁どられた目が、強い輝きを放っている。 「言いすぎた。謝る。……心配事があるなら、先に言ってほしかった。予測がつけば、多少は合わせられる」
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