第四章

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 シザは前を向いたまま小声で説明する。三人とも自然に早足になっていた。 「あの見張りの後ろにラキさんがいるのは間違いない。見張りの様子や、祈りの声が聞こえないことなどから、儀式はまだ始まっていないと思われる。私とセリが湖から近づき、不意をついてラキさんを奪取します。……邑長の息子の取り巻きは何人ぐらいですか?」 「こういうことに駆り出せるのは、おそらく五六人かと」 ハシが答えた。 「妹さんの水に対する忌避の度合は?」 「重度の忌避反応はありません。小さい頃に一度湖に落ちたことがあるそうですが、後遺症もなかったようですし、今も普通に磯拾いをやっています」  いちばん数が多い「浸かるのは良いが潜れない」タイプだ。それでも、湖に落ちることそのものが恐怖体験であることは間違いない。  ラキを奪取したあと、山側に逃げるのは危険が大きい。敵が何人いて、どこに潜んでいるかわからない。湖に逃れるのが得策だが、ラキはどこまで耐えられるのか。  飛び込むのではなく、綱で下りればダメージは少ないはずだ。  以上のことを、シザは瞬時に考えた。 「あそこからちょっと下ると岩棚があるんです。周りからは見えません」とレン。「崖づたいに行けば、気づかれずに近づけます。ぼくはそっちから行きます」 「だめだ、危険だ」 「大丈夫です。ぼくは……湖に落ちても平気だから」  そうだ、とシザは思い出した。この体質は、いまこの状況で非常に有利な要素だ。シザは、少年の強いまなざしを受け止めた。 「無茶はするな」 「あの……私は、何をすれば」  ハシが、あせったように言った。 「ラキさんのために乾いた服を用意して待っていてください。そうだ、落ち合う場所を決めておきましょう。やつらが報復しに家にやってくる可能性もあるから、できれば別のところで」 「お宮の真下に横穴があります。セリさんが知っています」  シザはうなずくと「幸運を」と言って駆け出した。
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