第四章

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 身動きのできないレンは、ギリギリと音を立てて歯を食いしばった。それほど親しくなかったとはいえ、身内に裏切られたのである。それも、信じられないくらいひどいやり方で。少年は、烈しすぎる怒りと失望のために、これまで使ったことのない表情筋が痙攣するのを感じた。  シザは崖を素早く登り、崖の上の様子を窺った。話し声や物音から人数と位置を割り出す。邑長の息子のほか、レンを取り押さえたのが三人。ラキを捕まえているのが一人。  シザは、上半身を乗り出しざま、登攀用の鉤つき縄を水平に投げた。縄は邑長の息子の足をからめとり、引き倒すと同時に、シザ自身を地面の上へ引き上げた。間髪をいれず息子の背後から腋の下に手を入れて引き起こし、喉元に潜刀の切っ先を押しつける。  見るからに洗練されたシザの身ごなしに、取り巻きたちはひるんだ。  湖側には三人がレンを取り押さえ、山側には一人がラキの後ろで両手を縛った縄を捕まえている。シザはどちらとも充分な距離を保つようにじりじりと移動した。息子を盾にしてラキとレンを開放させ、ラキを背負って綱で湖面まで降りるつもりだった。レンは飛び込ませればいい。 「子どもたちを放せ」  いつも以上に感情を消した声は冷え冷えとして、聞く者を凍りつかせるような凄みがあった。取り巻きたちは互いに視線を送り、どう対処したものかとまどっている様子だ。 「何をしている。速やかに言ったとおりにしろ」  息子は汗だくになって、声も出ないようだ。  ラキの後ろにいる太った取り巻きが、身体に似合わない甲高い声で訴えた。 「な、縄が、ほどけねえ」 「そんなのはこちらでやる。早く放せ」  その様子を見て、レンのほうの三人も、押さえつける力を少し緩めたようだった。  それからのことは、すべてほぼ同時に起こった。  まず、逃れる隙を探していた邑長の息子の目が、沖合いに何かを捕らえた。  取り巻き連中の動きを注視していたシザは、息子の視線には気づかず、ちょうどそのとき背中に振り下ろされたものを横にスライドして避けた。先ほど会った見張りが四人の中にいないことは確認済みで、背後からの攻撃は予期していた。しかし避けた先に、今しがたその場にやってきた邑長の儀式用の杖の一撃が待ち受けていたことは予想外だった。
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