第四章

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 シザは急いでそちらへ行き、レンを止めようとした。 「やめろ。死ぬぞ」 「殺してやる」  レンはうわ言のように呟いた。  シザは黙ってレンを男から引き剥がし、片手で頭を水の中へ押さえつけた。  ごぼごぼと息を吐きながら、レンは必死でその手を逃れ、湖上に顔を出すと激しく咳き込んだ。  その間に、シザは自分が携行していた浮き袋を膨らませ、邑長の息子をラキと同じように仰向けに寝かせた。息はしているが、よどんだ目は何も見ていないようだ。適切な事後治療をしないと、精神障害が残るかもしれない。  セリがラキを引いてやってきた。 「怪我はないか?」 「大丈夫だ。そっちは?」 「問題なし。シザ、あとは頼む」  セリは、ラキの後頭部を支えている浮き袋の持ち手をシザに手渡した。 「あいつに話をつけにいかなくちゃ」 「何だと?」 「レン」  セリの呼びかけに、ようやく咳が治まったレンが振り向くと、まっすぐな彼女のまなざしがあった。途端に、レンの頭がはっきりした。セリは全てを見ていたはずだ。自分が邑長の息子を沈めようとしたことも…… 「あとを頼む」  セリは、はっきりそう言った。  そして、後ろを向いた。  彼女の姿はあっけなく見えなくなった。  激しくうねる波のむこうには、ぞっとするような怪物の姿がある。先刻よりも湖上に露出した部分が多くなっているようだ。  シザは、その非現実的な生き物の像を――ありがたいことに――霞ませている豪雨が、此方と彼方の世界を隔てる分厚い壁であることを願った。
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