第四章

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 セリはどこへ行くというのだろう、とシザはぼんやり考えた。彼女は落ち着いていたし、極めて理性的な様子だった。集合場所は承知しているのだから、最終的にそこで落ち合えばいい。  このときシザは、正常な判断力を失っていた。後になって彼は悔恨の念とともにそう振り返ることになる。  シザはレンの様子を確認した。遭難者ふたりの間に入り、それぞれの浮き袋に手をかけている。支えているつもりなのかもしれないが、自身の頭も半分以上まで茶色の水に浸かったり出たりしており、とてもそれどころではない。が、少なくとも、彼の婚約者を湖に投げ込んだ男を、もう沈めようとはしていない。  シザは三人を連れて行こうと、岸を振り返った。  そして、目を疑った。  岸が、はるかに遠くなっている。いつのまにか、沖へ流されていたのだ。  シザはもう一度沖を見た。  何度見ても慣れることがないであろう巨大な水神は、いちだんとその姿を湖上に見せており、いまは肩まであらわになっている。ぬらぬらとした顎の線がまっすぐに胴体につきささるところの窪みと、そこから左右に伸びるゆるやかな鎖骨が、妙に人間らしい形をしており、胸がむかむかした。  シザは気づいた。水神が背伸びをしているのではない。水位が下がっているのだ。  うわあ、というレンの叫びでハッと我に返ったシザは、足にからみつく、軟らかくなまあたたかい物体を感じた。そして瞬く間に、足だけでなく全身を絡めとられ、身動きができなくなった。  沖へ流されていた身体は、その場でとまった。全身をおおったものが、湖底に吸着したような感じだった。  水は遥か沖まで引き、湖底が剥き出しになった。それと同時に、身体のまわりのなにかは剥がれ落ちた。 横を見ると、根元があらわになった櫓があった。  雨はいつのまにかやみ、不気味な静けさがあたりを支配していた。  シザはセリの姿を探して、起伏の多い湖底地形に目を懲らした。  いない。  シザは歯噛みした。
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