第四章

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 ちょっとやそっとのことでどうにかなる女ではない。何より彼女は、湖に愛されている。そう思ったシザは、ふと視線の動きを止めた。  あらわになった湖底の様子がおかしい。シザは目を凝らして、違和感の正体を見極めようとした。  最初は、まさかという言葉がぼんやりと浮かんだ。だが次の瞬間、間違いないという確信に変わり、シザは思わず叫び声を上げそうになった。  レンはすでに気づいているようで、口もきけず、歯をガチガチと鳴らし、今にもへたりこみそうだ。 「落ち着け。彼らは人間に害は加えない」  そういう自分の声が震えているのをシザは感じた。  見渡す限りの湖底いちめんに、半透明の稚児が、隙間なく張りついていた。  もちろん足元にも、びっしりである。先ほど自分の身体をおおったものは稚児たちだったと理解し、シザは気が遠くなりそうだった。  だが、とにかく陸に向かって歩き出さねばならない。  シザはその場で足を踏み変えた。すると、足元の稚児が身体をすっとよけて、地面が円形に露出した。シザはそれを見て、硬直しているレンの手をつかんで、ぐいっと引き寄せた。レンは転びそうになり、思わず足を踏み出した。するとやはり、その場所の稚児がよけ、地面があらわれた。  シザがさらに陸のほうへ踏み出すと、行く手の稚児たちが、さあっと左右に分かれていった。四人の足元から陸地まで、まっすぐな道があらわれた。 「レン、歩くんだ」  シザは自らを奮い立たせるように言うと、ラキを抱き起こしてレンに背負わせた。そして自分は邑長の息子を担ぎ上げて歩き出した。  むき出しになった湖底はかなりの登り坂で、レンは手足を使って這うように進んだ。  道は、ハシが言った祠の下の横穴までまっすぐに続いていた。 「シザさん」  崖の中腹にある穴の入り口で、ハシが腕を振っている。崖はほぼ垂直に切り立っており、穴の直下は波に削られてひさしのようになっている。どういうわけか穴の入り口から途中まで綱が垂れ下がっているが、湖底までは届いていない。が、充分な長さがあったところで、素人には昇り降りすることは難しいだろう。
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