第四章

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 シザの口調には、限りない尊敬の念がこもっていた。 「そんなこと言った?」 「うむ」 「そうだね。あの人ならそうするよね」  レンも自然に納得した。  それから、シザはレンを担いで再び崖を登った。  レンはラキを見つけると、わき目も振らず駆け寄った。彼女はハシによって、乾いた服に着替えさせられていた。  ハシが目で訴えたので、シザは彼にだけ聞こえるようにささやいた。 「あの男を安全な場所まで運ぶと言って、崖を登っていきました。心配するなと」 「喋ったのですか」 「説明しにくいのですが……我々潜人は、何も言わなくても意思が通じることが時々あるのです。地上で経験したのは私もはじめてですが」  シザは、さっきの老人の「声」を思い出していた。考えていることが手に取るようにわかるどころか、シザ自身の思考の輪郭が、まるごと飲みこまれてしまいそうだった。 「しかし、それならなぜ、ここに運ばないのでしょうか」 「ラキさんと一緒にしてはまずいと思ったのでは」 「まさか、そこまで考えて……。それに、穴の中にいたときに、どうしてあの男がいることがわかったんでしょうか」 「カタライをすると、すべての感覚が研ぎ澄まされます。それを長年続けていると、科学では説明のつかないような能力が発達したりするのだそうです」  シザはそのことについて、いずれハシとゆっくり語り合いたいと思った。が、いまはそんなことをしている暇はない。  シザは沖へ目をやった。水神は斜め後ろを向いていた。のっぺりした後頭部から背中にかけて、いくつもの突起が連なっている。  不思議なことに、雨がやんでもその姿は煙るように霞んで見え、現実感がなかった。 「シザさん、あれは何です?」  ハシが突然、子供のようにシザの腕をつかんだ。  シザはハシの視線の先を追った。
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