第四章

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 左手の岸に近いむき出しの湖底から、異様な小山が立ち上がっている。その小山の傾斜は、さきほど老人が登っていったあたりに向かっているように思われた。  小山は半透明のつぶつぶで覆われており、すぐにぐにゃりと崩れそうな形をしていた。  そのつぶつぶが、湖底にいた稚児たちであると気づいたとき、シザは思わず背筋がぞっとするのを感じた。  シザとハシが、地上の何ものにも似ていないその物体を唖然として眺めていると、突然それが、ざわっと動いた。ふたりとも思わず後じさった。  小山は、巨大な軟体動物のように、絶えずもぞもぞと蠢きながら、沖へ向かって移動し始めた。 「あっ!」  ハシが叫んだ。  シザも気づいていた。  小山の頂上に、ハシの父が乗っていたのである。  彼は沖を向いてまっすぐに立ち、威厳を持って堂々と構えていた。  小山は自らの重みによって勢いをつけ、波のように滑らかに走り出した。  そして見る間に、ずっと沖へひいた水際から、溶け込むように湖の中へ消えていった。   小山が走っていった直線の延長上には、背を向けた水神がいた。  煙ったようなその姿が小刻みに振動したと思うと、見る間に輪郭がぼやけ、砂のように崩壊した。  むき出しの湖底にびっしりとはりついていた稚児たちは、一匹残らずいなくなっていた。  湖は、極端な引き潮を除いて、いつもの風景に戻ったように見えた。本当は、その引き潮だけでも充分に異様なのであるが。  シザの頭に、急にあることがひらめいた。  あの老人が、セリを救ってくれる。  その直感は、この先思いがけなく長く彼を支えることになる、薄氷のような希望の根拠となった。  ラキが弱々しく咳込む音で、シザは我に返った。  となりでは、ハシが膝を折って放心していた。無理もない。  シザは、中のふたりの様子を見に行った。
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