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第五章
セリは、水中へ潜っていった。
湖の表面は荒れている。深ければ深いほど、水のうねりはゆるやかになり、思い通りに泳ぐことができる。
水深四十尋でいったん保持し、まっすぐに水神を目指す。
セリは潜刀を握りしめた。
こんなの、くだらない手品だ。
水神など、いるわけがない。いま沖に見えている水神の像は、おびただしい数の稚児が重なり合って作った、まぼろしだ。
一日目のカタライのときに見た、沖で手招きする水神も同じだ。
まぼろしは、打ち砕かなければならない。
人間の正気を失わせ、惑わし、争いの種を蒔く、不吉な存在。
方角と距離を正確に測っていたが、水神の姿は見えてこなかった。そこでいったん浮上し、湖面に顔を出して見回した。
降りしきる雨とうねる波の向こうに、水神の背中が見えた。
移動したのか。それにしても、何も見えなかった。
湖上を泳いでいこうとしたが、波が激しすぎて無理だった。セリは再び潜った。
今度は、もう少し浅いところを仰向けに泳いだ。昨日までは太陽の光を美しく透過した湖水も、いまは茶色く濁り、見通しがきかない。
距離を測って、ふたたび浮上した。
水神の身体が、すぐそこにあった。
セリはようやく気づいた。形を成しているのは、湖上部分だけなのだ。
その巨大な物体は、思ったとおり稚児によって構成されていた。彼らの身体は密着し、変形し、全体を構成する部品と化していた。
セリは、両手に潜刀を握りしめ、振りかざした。
そのとき、稚児たちの目が、いっせいにこちらを向いた。
セリが渾身の力を込めて振り下ろした潜刀が、すごい力で稚児たちの身体のあいだに吸い込まれ、続いて腕を引きずり込まれた。
あっと思う間もなく、セリはひしめく稚児たちの塊の中に飲み込まれ、意識を失った。
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