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静けさが、彼女の目を覚まさせた。
上質な夜具に包まれた身体はすっきりと軽く、吸い込む空気には塵ひとつ混じっていない。壁にも床にも天井にも、しみひとつ、ほこりひとつついていない。なにもかもが、新しく生まれ変わったようだ。
セリは幸福な気持ちで夜具を抜け出し、寝台から降りた。
ベークライトの窓から、清らかな光が差し込んでいる。透明度の高い上級品だ。
留め金をはずして窓を開ける。大好きな潮の香りを含んだやさしい風が、あいさつがわりに顔を撫で、後方へ流れ去っていく。
ドアが開き、おはようと元気な声がした。つい昨日入隊した弟だ。
「ああ、おはよう。そうか、同じ部屋だっけな」
「そうだよ。姉ちゃんの鼾がうるさくて寝られなかったよ」
「よく言うよ」
セリは微笑んだ。あんなに小さくて虚弱で、ちょっとこづくとすぐに泣き出した弟が、潜水隊の試験を受けて合格し、一年間の訓練にも耐えて正式入隊したなんて。
「いま、ラキが朝ごはんを持ってきてくれるって」
「本当に?うれしいな」
ふたりは窓際の卓に向かい合ってすわる。
弟はセリの顔を見てにこにこしている。
「どうしてそんなに笑ってるんだ?」
「だって、うれしいんだもん」
それを聞いて、セリの顔もほころんだ。そう、ずっとこうだった。子供のときからずっと、姉弟ふたりだけで……。
開け放った窓から、なまあたたかい風が吹き込んだ。
またドアが開いて、かわいらしい少女がおどるように入って来た。
「おはよう。朝からがんばっちゃった」
陽気に言うと、掲げていた盆を正面に捧げもって、芝居がかったお辞儀をした。
「何を作ったの?」弟が待ちきれないように立ち上がって、盆の上を覗き込む。セリも首を伸ばしてそれを見た。
少女の顔を隠した盆の上で、やぶにらみの無表情をしているのは、稚児だった。
セリは、身体が裂けるかと思うほどの、ありったけの叫び声を上げた。
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