第五章

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 歩いていた。  石の地面は固く、冷たかった。  ちらちらと白いものが舞っていたが、積もるほどではなく、人々の肩にはかなく吸い込まれていった。  暗い冬の朝、セリは母親の葬列の先頭を歩かされていた。  すぐ後ろには、棺を肩に担いだ男たちが続く。  セリは、母の名を記した板を持ち、自分のつま先だけを見て歩いている。  大人たちはみな、口をつぐんでいる。だが、セリの耳には、ひそひそ話がつきささるように聞こえてくる。  お父さんと同じ病気ですって。お若いのに、お気の毒に。これから、どうするのかしら。ほかに、親戚はいないの? かわいそうに、引き取ってくれる人がなければ孤児院行きね。きょうだいは? きょうだい? さあ……。 「弟はいない」  奇妙に現実感のある声が、すぐ近くから聞こえた。セリは、はっとしてあたりを見回す。水の中で喋っているようなくぐもった声で、本を読んでいるように抑揚がない。 「弟はいない」  もういちど声がした。こんどははっきりわかった。右隣の人だ。その位置に、いままで人がいたのかどうかは、思い出せなかった。  セリはその人を見た。  背が高く、頭巾を目深に被っている。  ゆっくりとこちらを振り向き、頭巾の奥が見える。  左右に離れた、表情のない目。  まばたきしない目。  半開きの、平べったい唇と、あごのない輪郭。  セリは限界まで目を見開き、口を開け、  叫びは水に遮られた。  まわりがすべて水では、叫びなど上げようがない。声と言えば、あの恐ろしくもどかしい喉歌だけ。  いつもいつも、冷静でいなければならなかった。  どんな危険に遭遇しても、湖の中では、決して感情を揺らしてはならなかった。  セリは叫びたかった。恐れ、悲しみ、怒り、喜び、何でもいい。いや、それらすべてを一気に、それこそ身体が空っぽになるまで吐き出したかった。
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