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「基本、読者と言うのは神の目線で物語…… 今回は詩劇だね。だから色んなことがあったことが分かるんだ。ピッパにとっては歌っていただけの一日で楽しく何もない一日だったんだ」
「それもそうなんですけど、休みが年に一度の一日ってなんですか? イギリスだったらキリスト教ですよね? 安息日の週一回はどこに行ったんですか?」
「当時は産業革命の時代だったんだ。資本家が労働者から搾取する時代の最盛期と言った方が良いかも知れないね。ピッパの工場のオーナーさん…… 作中で殺されちゃうけど、相当儲けていたと思うよ。そんな人がわんさかといた時代だ」
「今で言うブラック企業ですか」
「黒を通り越して、漆黒と言った感じだよ。そんなオーナーさんがピッパみたいな働き手に気を使うと思うかい?」
「……」
学生は黙り込んだ。馴染みのコンビニエンストアにはいつ行っても老夫婦がいる。この老夫婦以外がレジに立っているのを見たことがない。月に一度は七三分けの頭に背広姿の男が老夫婦に険しい顔をしながら話しているのを見る。おそらくはフランチャイズの上役だろうか。聞くところによるとああいったコンビニエンストアのオーナーは本部にロイヤリティを払い続けている。ヤクザな言い方をすれば上納金とでも言うのだろう、本部からすれば何もしない(売上の文句と店の方針、つまり口だけは出す)で、利益を徴収・搾取するシステムを構築しているのだ。学生はそれを思い出し、口を重くした。
「ピッパ、可哀想ですね」
「少なくとも、彼女は一日しか休みが無いことを嘆く様子はないよ。一日の締めに『神は天にいまし、世はこともなし』と、言うぐらいだからね。更に元を辿ればキリスト教の宗派のカルビン派の祈りの締め言葉だ。彼女もある程度は分かっていると思うよ」
「あの、カルビン派と言うのは」
「キリスト教の中でも予定調和説の支持者のことだよ。簡単に言うなら神の救済に預かり給う者と、滅びに至り地獄に堕ちる者は既に決まっているってことだ」
「始めから仏陀の手のひら、いや、神の手のひらみたいな話ですね」
「ああ、そうだよ」
「ピッパはこれで良いんですかね? 年に一回しか休みがなくて…… 働き通しの毎日で、さっきのオーナーさんはピッパみたいな労働者の上であぐらかいて暮らしてるなんて」
「これが資本家と労働者の関係だよ。労働の価値を物質化し、金と言う概念を作り出してしまった以上、この関係からは逃れられない」
「ならば、神の救済は無いんですか!」
「無い。搾取してる資本家は神の救済を受けているから金を稼げていると思い込んでいるだろうがね」
「何という……」
「神と言うものは「申し」「示す」者なんだ。それは人の心の中にそれぞれいるものなんだよ。ピッパの中の神様は何もない平和な一日であることを無言で申し示した。それだけの話さ」
「なんか、納得いかないですね」
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