3 神様の姿

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「中国も『マダム』向けのホストが出来てる。彼らを逮捕引(しょっぴ)くことが無いのを祈るのみだわ」 明龍は関羽の絵を描いていた。神様と言われた瞬間に思いつき描いたものである。警察官である彼女は関羽を武神として信仰していたのだった。 関羽。中国後漢末期の将軍、日本では三国志の蜀の国にて劉備玄徳に仕えた武将として有名である。神格化されたのは、魏呉の挟み撃ちにあい息子共々斬首されるという悲劇的な死を迎えた後、立て続けに関羽を討ち取った武将の死が相次ぎ、それが関羽の霊力によるものだと信じられ、それが口伝(くでん)されて、関羽を神とする関羽信仰が生まれてたとされている。 「関羽ですか。全員の絵を見てきましたが、神の姿は人それぞれですね」と、アスクが言った。アスクが描いた絵は医学の神アスクレピオスであった。 アスクレピオス。ギリシャ神話に登場する医師である。優れた医術で死者をも蘇らせることが出来たとされている。死者を蘇らせるという生命の理に反する存在であったために祖父ゼウスによって雷霆を打たれその生命を散らしてしまった。だが、その功績は認められて天に上げられ蛇遣い座となっている。 父はあのアポロンである。母のコロニスはアポロンとの子を成した後に、アルカディア王の子イスキュスに浮気をしたためにアポロンの手によって弓で射殺されてしまった。 皆が思い思いの絵を描く中、ウィリアムだけは円卓にて頬杖をついてうつらうつらと舟を漕いでいた。当然、キャンバスの上は白紙である。アスクレピオスの絵を描き終えたアスクはウィリアムを起こし、その意図を尋ねた。 「ウィリアムさん、どうして絵を描かないのですか?」 「神に姿はない」 「おや、偶像崇拝になるからですか?」 「そういうわけじゃないんだけどな…… 実は描こうと思ったんだけど、あいつの姿は例え絵でも晒したくない」 「あいつ、とは」 「戦争で亡くなった俺の友人だよ」 「ああ、両手両足が使えなくなったと言う……」 「使えなくなったとは言ったけど、実は表現をマイルドにしただけなんだ。実は両手両足が吹き飛んでる」 「爆弾か何かで」 「医者も生きてるのが奇跡だと言っていたよ。町の奴らは『名誉の負傷』だとか『軍神』だとかって崇め奉った。あいつが寝るベッドの周りには花が絶えず備えられていたよ、ありゃあまるで神様だ。俺たち、その神様のためにってAK《アーカー》握って戦っていたのによ…… 両手両足が吹っ飛べば神様だ」 「何か、あの仏師さんが言っていた『死ねば神になる』に似たものを感じますね」 「俺たちみたいな傭兵は金で雇われる存在だ。金を神のように信頼してるから札束の絵でも良かったんだけどな…… それでも思いついたのはあいつの姿だった。(カネ)のために戦ってたのに自分が神になっちまうんだからな」 そう話すウィリアムの目には涙が溜まっていた。傭兵であればこのあたりの感情は割り切っているはずだが、それが出来ておらずにウィリアムにどことなく「人間」を感じたアスクはウィリアムこそが神に相応しいのではないかと思い始めていた。
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