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セルゲイは天井を蹴り、地面に降りた。右手には隆明の手を握っており、隆明も一緒に地面に降りる。
「悪いんだけど私の手を握ったまま、そっと地面に降りてくれないかね」
隆明はその言葉に従いゆっくりと地面に降りる。そして地面に足を付けた。
「やっぱり」
「どうしました?」
「ここ、無重力じゃなくて…… 重力が軽いだけだよ。月よりまだ軽い」
「つまり、僕たちが空中浮遊してる訳じゃなくて、重力が軽くて浮き上がってるだけだと」
「私も宇宙飛行士選抜試験で似たような経験はしたよ。あの時は飛行機に乗せられて山なりに飛行を繰り返す擬似的なものだったがね」
「ここ、飛行機だって言いたいんですか?」
「そうは言わない。けど……」
隆明がセルゲイに更に深い話をしようとしたところ、急に気分が悪くなってきた。何時間も車に乗った後の激しい車酔いを数倍にした感じである。
「人間、生まれた時から重力と言う呪いに体を縛られている。その呪いから開放されると急に気分が悪くなるんだ。私達の間ではそれを宇宙酔いと呼んでいる。私も慣れないうちはよくゲロを吐いていたものだ」
皆、原因不明の「酔い」に苛まれていた。今に朝食で食べたばかりのものが胃の上から遡上してくるような気分の悪さに襲われている。無重力空間で人間の三半規管に「くるい」が生じる、無重力空間において人間の血液が脳に遡上することから起こる減少とされているが、その原因は未だによくわかっていない。
「こうし無重力空間でゲロ吐かれると大惨事だからね。我慢しておくれよ」
「ちょ…… 無理……」
「懐かしいな。終わった後はゲロが空気中に塗れてね。重力が戻ってきた後は天井や壁や床がゲロ塗れさ。酔いで気分が悪い中、皆でモップでお互いのゲロを拭きあったのも今やいい思い出さ」
宇宙飛行士が地球上で無重力訓練をする際に使う航空機の愛称は嘔吐彗星、皆が皆、嘔吐することから付けられた名前である。
「何を呑気なことを」
「試験官もこの試験はこうなることは多分承知してるだろうからね。私は離れさせてもらうよ」
この後は筆舌に尽くし難い阿鼻叫喚地獄、皆、空気中に浮き上がったもので体に付着しないように逃げ回る。その刹那、試験が終了して重力が戻ってくる。この後はセルゲイの言った通りに『掃除』が行われた。女性二人は男性に見られたくない姿を見られたことでショックを隠せないようだったが、条件としては男性も同じだったので試験終了後の昼食時にはショックから立ち直っていた。
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