氏康とカレーと私

　かつて関東に覇を唱えた戦国武将、北条氏康。
　世に名高い河越夜戦においては、十倍の兵力を持つ敵を奇襲で撃破し、かの上杉謙信とも互角に戦ったという名将である。
　彼が当主だった時代に北条家は全盛期を迎え、本拠地の小田原城は空前の繁栄を謳歌した。

　そんな北条氏康だが、ある日息子の氏政が食事の時、ご飯に一度味噌汁をかけた後で、少なかったともう一度かけ直して食べたのを見て、「北条家もわしの代で終わりか、我が家は氏政の代できっと滅びるだろう」と嘆いたという。

　不思議に思った家臣がその理由を尋ねると、氏康は
「あいつは毎日食事をしているのに、飯に汁をかける量の加減も分からない。それすらできないようでは、人の心を測れるはずもない」
と答えたそうだ。

　ご飯にみそ汁をかけ直しただけで我が家は滅亡だと嘆かれるなんて、ずいぶん口うるさい父親を持って、北条氏政も気の毒だなぁと思う。

　だが後年になって、北条氏政は豊臣秀吉の実力を見くびって秀吉を怒らせるという大失敗を犯した。
　それで結局は秀吉の侵攻を招き、父の予言通りに北条氏は滅びたのだから、たかがみそ汁の量、されどみそ汁の量である。

　そして、その逸話を聞いてからというもの、私の食事はいつも心の中で北条氏康との戦いになった。