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1.ストーカーなんて呼ばないで
今年は例年に比べて暖冬らしい。
雪も降らないし、朝に道が凍る事も滅多になく。
深く考えれば、あまり良くないことなんだろう。しかし今の俺にとってはとても恵まれている。
……こうやって恋人を尾行するのにも、絶好な気候だから。
「とは言っても、冷えるもんは冷えるなぁ」
そう独りごちる声は、顔を隠すように巻いたマフラーの中にこもって消えた。
俺は、先に宣言した通りに恋人を尾行している。正しくは見張ってる、のだが。
―――俺。村瀬 恭介の恋人は、瀬上 誠は年上で御察しの通り『男』だ。
俺の初めての男で、最愛の恋人ってやつ。
惚気けるワケじゃないけど、彼はとても完璧なんだ。
年上、しかも俺より4つ以上も年上の社会人。なのにすごく可愛くて……顔も美人だけど、その性格もツンデレで健気で少し天然な所あって。
あ。あと少し泣き虫でね。
ベッドの上だと、更によく泣くんだ。
そりゃあいい声で。
……この前なんて試しに荒縄で縛って吊るしてみた。
最初は、馬鹿だの変態だの罵詈雑言だったのが次第にシクシク泣き始めてさ。
うん。すごくグッと来たから、その姿を写真に何枚も撮ったりしてね。もちろんそのまま犯した。
後で真っ赤になって怒ってたけど、それがまた可愛い!
思わずそれから三回ほど頑張っちゃって。
グッタリとして目の縁真っ赤にして眠る恋人を隣で見守ることが、俺にとっての最大の幸せ。
……だから、そんな可愛くて仕方ない恋人を見守る為に、盗聴器や発信機くらい普通だろう?
―――そして様子がおかしかったのは一週間前。
『悪いけどさァ、来週金曜日の夜は会社の飲み会で、土曜は実家に顔だしてくる。それで日曜日は……その、用事だから』
月曜日の朝、いつも俺の部屋から出勤する彼が俯き気味で言った。
当然、俺は問いただしたさ。
『用事ってなに』って。
まぁ答えなかったよね。
でも、そのまま逃げるように仕事に行った誠を俺は追わなかった。
そのあと鬼電したり、以前みたくLINE送りまくったりしない。
それは何故か……俺には最終兵器がある。
尾行も待ち伏せも、情報収集だって。全て慣れたモノだ。
一つだけ慣れないのは、彼からの裏切りの予感に心痛める事だけ。
「なーんつって」
自販機前にて、やけに熱い缶コーヒーを買ってそう呟く。
てか。これってさ、火傷しそうな外側の缶の部分より中身はそんなに熱くないよな。
……あー、俺の心と真逆で笑える。
とりあえずそんな缶コーヒーはコートのポケットへ入れて、ズボンのポケットからスマホを取り出す。
ちなみにこれ3台目。もっぱら、誠の行動把握する用ね。
ちゃんと分けとかないと、な?
「……」
うーん。動きなし、と。
駅近くの待ち合わせスポットからずっと同じ場所だ。
10分程度、ずっと彼はそこで立っている。
明らかに誰を待っているんだ。だけどそれが、誰なんだ?
「……」
行き交う人通りは多い。その中でスーツ姿の若い男達や、やたら奇抜な袴姿。あと似合ってんだか似合ってないのだか、反応に困るような振袖姿のケバい女たち。
成人式か。
そんな若い奴ら(俺と大して変わんねぇけど)のキャッキャウフフも次第にムカついてきた。
……盗聴器にも気になる会話は引っかからないし、金曜日飲み会は嘘じゃなかった。
ちゃんと一次会で帰ってたし、酒は飲まなかったようで安心。
思い切り褒めてあげたかったけど、ストーカーだとか怯えちゃったら可哀想でしょ。
あと土曜日も実家に行ってたのは本当で、特におかしい素振りはなかった。
んで、一番怪しいのが今日な訳だけど。
――― ポケットの中の缶コーヒーがすっかり冷めてしまった頃。
彼が動き出した。
「お、やべ」
少し慌てて、立ち上がる。
ここから一分。
さて……ここからが本領発揮だ。
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